第10話 アニタナとの再会

 アニタナは、煌びやかなピンククリスタルの髪飾り、大粒の真珠のネックレス、そしてフリルをふんだんにあしらった、ピンク色のドレスを着ていた。

 エスコート役はダニールだ。

 いつもの騎士服ではなく、パーティーに相応しい礼装だ。髪の毛も整髪料で整え、いつになく小綺麗にしている。

 女性客がダニールの容姿を見て華やいだ声を上げる。


「まぁ、エスコート役は白狼騎士団のダニール公子ではありませんか」

「何て素敵な方なのでしょう?」

「アニタナ様とお似合いですわ」


 お気に入りの男性を連れて歩くアニタナはどこか誇らしげだ。

 早くも帰りたい気持ちになったが、一応主催者であるバークル男爵には挨拶をしてからじゃないと帰れない。

 そんな私にパーティーの主人公達が近づいてきた。



「久しぶりね、サラ」

「久しぶりだな、サラ」

「……」


 私は思わず引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔に変える。

 そしてソファーから立ち上がり二人に向かって淑女の礼をする。

 他のお客様を差し置いて真っ先に私の元に来るなんて。

 最初に挨拶すべき相手は上位貴族のお客様なのに、そういった順番を無視して、まっすぐ私の元にやってきたのだ。

 アニタナは私のドレス姿をジロジロ見てからニコリと笑った。


「あら、サラ。悪趣味なドレスを着てきたのね。あなたにそんな派手なドレスは似合わないわ」

「我が主、ハイネル様に選んでいただきました。ドレスの感想、伝えておきますね」


 私はにこりと笑ってアニタナに言った。

 ドレスを馬鹿にするということは、ドレスを選んでくれたハイネルを馬鹿にするようなものだ。

 アニタナはまずいと思ったのか、引きつった笑みを浮かべて言った。


「私ったら緊張していてちゃんとドレスを見ていなかったわ。よく見たら、とても素敵なドレスね。似合っているわ、サラ」


 取り繕ったように言ってももう遅い。

 アニタナの言うことは信じるな、と言っていたハイネルの言葉、今ならよく分かる。 大公令嬢が選んだドレスだと分かったとたんドレスを褒めちぎるなんて、あまりにも露骨だ。

 ハイネルは大公家の一人娘。男爵令嬢であるアニタナよりも爵位は遙かに上だ。

 学生時代、身分を伏せていたハイネルをアニタナはずっと敵視していた。しかし彼女が大公令嬢だと分かったとたん掌を返し、前から友達だったかのように接するようになった。

 身分で言えば私も一応子爵家で、男爵家より身分が上なのだが親戚関係ということもあり、アニタナは兄様や私に対して公の場でも砕けた口調で話しかけてくる。

 すると今度はダニールが前に出て来て私に問いかけてきた。


「君をエスコートしていたストリーヴ令息はどこに?」


 何だかじっと私の姿を見詰めている。そんなにドレス姿が珍しい? 

 あんたには関係ないでしょ、と答えたい所だけれど、わざわざ喧嘩することもないので普通に答える。


「用事があって今はここにいない」


 それを聞いたアニタナは、どこか嬉しげにくすくすと笑いながら尋ねてきた。


「まさかサラがお父様以外の方と来るとは思わなかったわ。ストリーヴ令息とはどこでお知り合いになったの?」

「……同じ職場の人間だ」

「まぁ! じゃあ、相手がいないあなたに同情して、同じ職場に勤めるストリーヴ令息がエスコートを買って出てくださったのね」

「……」


 何、その決めつけるような言い方。

 ダニールはそんな彼女の言動に何とも言えない表情を浮かべている。

 私がアニタナに反論しようと口を開き書けた時。


「誰が同情だ? 俺は自分から望んでサラのエスコートを買って出たんだ」

「「……!?」」


 アニタナとダニールはぎょっとして、こちらに近づいてくるライデンの方を見た。

 彼は見たこともないくらい冷ややかな表情を浮かべている。

 一方アニタナはそんなライデンの姿を見て顔を赤らめた。


「え……あなたがストリーヴ令息?」

「ああ、ライデン=ストリーヴだ」

「……!?」


 アニタナはまじまじとライデンの姿を上から下まで見詰める。

 彼女の紫色の目はたちまち熱い眼差しに変わり、今まで腕を組んでいたダニールからパッと離れる。


「え……ちょっと……アニタナ? ?」

 

 引き留めようとアニタナの腕をつかみかけるが、彼女はダニールの手を冷たく振り払う。

 そしてすすすっとライデンの元に近づいた。


「初めまして。ストリーヴ公子。私はサラの従姉妹、アニタナ=バークルです。今日は私の誕生パーティーに来てくださって本当に嬉しいです」


 先ほどよりも高い声音でライデンに声をかけるアニタナ。

 紫色の目はじっとライデンを見詰めている。

 やはりアニタナは可愛らしいな。あんな風に見詰められたら、大抵の男性は魅了されてしまうだろう。

 しかしライデンは眉一つ動かさず、冷めた口調で答えた。


「別にあんたの誕生日を祝いに来たわけじゃない。俺はサラのエスコートをしに来ただけだ」

「え……」


 そう言ってぷいっとそっぽ向くライデン。不快な気持ちを隠そうともしない。

 生まれてこの方、男性にそっぽを向かれたことがなかったアニタナは、まさかの反応に目を剥く。

 騎士の任務を遂行している時は、感情を一切表に出さず、沈着冷静を心がけているライデン。

 騎士たる者、感情を表に出してはならないという、ケンリック様の教えをちゃんと守っているわけだが、本来は表裏がない性格なので、不快だと思ったらはっきりと態度で示すのだ。

 アニタナは何故そっぽを向かれたのか分からぬまま、気を取り直し、クスクスと笑いながら問いかけた。


「ライデン公子、あなたはサラが殿方の間でどのように呼ばれていたかご存じですか?」


 アニタナは私がいるにも関わらずそんなことを言い始めた。

 けれどもライデンは肩を竦める。


「ああ、凶暴女とか呼んでいた馬鹿がいたみたいだな。弱い男程そんなことを抜かすんだ」

「――」


 私のことを凶暴女と言った張本人、ダニールの顔が真っ赤になる。

 自分より年下の騎士に、そんなことを言われたら屈辱でしかないだろう。

 しかしライデンに対し怒ることは出来ない。自分が凶暴女と言ったことを公にするようなものだから。

 ダニールは引きつった笑みを浮かべ、ライデンに言った。


「ライデン公子。随分腕に自信がおありのようですね。ここは余興として私と剣の手合わせをお願い出来ますか?」


 ダニールは真正面から反論できない代わりに、自分の強さをライデンに誇示しようと考えたようだ。

 まだ新人騎士であるライデンに勝負を挑むなんて大人げない。

 だがライデンはダニールの申し出にクスリと笑ってから応えた。


「白狼騎士団の精鋭であるダニール公子からの手合わせの申し出は光栄ですね。是非」

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