第9話 久しぶりの社交界③

 バークル男爵家邸宅。

 貿易業で成功しているバークル家は他の貴族と比較しても経済的に豊かで、パーティーも一際派手なことで有名だった。

 招待会場の入り口前、多くの客が華やかに着飾っている。

 兄様が送ってきた古着を着ていたら、もの凄く浮いてしまう所だった。

 私達が会場に足を踏み入れると、客達の好奇の目が一気にこちらに集中する。


「あの美しい女性は?」

「男性の方もあまり見たことがないわ……」

「何ともお似合いですね」

「恋人同士なのかしら?」


 慣れない視線に私はいつになく緊張した。

 そんな私の表情を見て察してくれたのか、彼は優しい笑みを浮かべ私の手を取って優雅にエスコートをする。


「ストリーヴ伯爵令息、エルシア子爵令嬢の入場です!」


 私達が紹介されると会場はますますざわめいた。

 

「ああ、ストリーヴ伯爵家の令息は滅多に社交界には顔を出さないのに」

「ここに現れたということは、いよいよ本命の相手が見つかったということか」

「エルシア子爵の娘にあんな美しい女性はいたか?」

「いや……悪鬼の如く恐ろしい娘が一人いるとは聞いていたが……」


 悪鬼とは酷い言われようだ。

 その時、私のことを悪鬼と言った貴族をライデンがジロッと睨み付けた。

 視線だけで相手を射殺しそうだ。

 ライデンの視線に気づいたその貴族は、顔を蒼白にし思わず腰を抜かしてしまう。

 その時、一人の青年が私に近づいてきた。

 私は彼の名を呼ぶ。


「ケネス兄様」

「久しぶりだな、サラ」

「ええ、今日はアニタナと一緒じゃないの?」


 そう尋ねる私に、ケネス兄様はアニタナが控えているであろう隣の部屋の扉に目を向けてから、自嘲めいた笑みを浮かべる。


「エスコート役は断られたよ。どうも俺のことは飽きたみたいだ」

「……」


 そっか。アニタナに振られたのか。

 アニタナはいつもケネス兄様と一緒にこの会場に入場していた。けれど、今年は別の人と一緒に入場するみたいだ。

 ケネス兄様はライデンの元に歩み寄り、恭しく御辞儀をした。

 

「サラの兄、ケネスです。ライデン=ストリーヴ公子。この度は妹のエスコートをしていただき誠に感謝いたします」

「礼には及ばない。俺が望んでしたことだからな」


 そう言ってさりげなく私の肩を抱くライデン。

 私は狼狽えそうになる気持ちをひた隠しにし、なんとか余裕の笑みを浮かべてみせる。

 ケネス兄様は苦笑いを浮かべて言った。


「父上宛にハイネル夫人から手紙を頂いた。我が大公家の侍女にあのようなドレスを着せるとは、エルシア家は大公家を愚弄するつもりなのか?、と」


 は……ハイネル、そんな手紙を書いたんだ? 

 そういえば実家に手紙を書いておくと言った時、何だか黒い微笑みを浮かべていたような気がしていたけれど。


「父上や母上からもかなり叱られた。お前はマノリウス家を敵に回すつもりなのか!? と。母上からはもう一週間も口を利いてもらえていない。母上は自分が選んだドレスをサラに贈るつもりだったんだ。でも俺が古着を勝手に送ったから……」


 お母様は私のドレスを選んでくださっていたのか……お母様も私のドレス姿には否定的だと思い込んでいたけれど、そうではなかったんだ。

 ケネス兄様は深々と私に頭を下げた。

 

「……本当にすまなかった。今までアニタナのご機嫌を取りたくて、彼女に言われるまま地味なドレスを送りつけたり、心にもないことを言ったりしていた」

「兄様?」


 私は呆気に取られる。

 兄様、私にドレスが似合わないと言っていたのは、本当の気持ちではなかったってこと?

 アニタナに振り向いてもらいたくて言った言葉だったの?

 それに地味なドレスを送りつけたのは、ハイネルの予想通りアニタナの望みだったらしい。

 

「今更言っても信じてくれないとは思うけど……そのドレス、凄くよく似合っている」


 ケネス兄様は複雑な笑みを浮かべてそう言った。

 親には責め立てられ、しかも想い人には振られて、兄様はげっそりとやつれていた。

 本当にアニタナのことが好きだったんだな。

 私はとりあえず賛辞に関しては淑女の礼で返した。

 ケネス兄様は一つ頷いてから、不意に表情を引き締め、ライデンの方を見た。

 

「ライデン公子、バークル男爵があなたにご挨拶したいそうです」


 社交界に滅多に出ない伯爵家令息がここに来ているとなると、バークル男爵も無視は出来ないだろうな。

 あわよくば娘の婿候補、と思っているのかもしれない。

 ライデンがアニタナの婿候補……。


 何だろう?

 胸がチクチクする。


 それに足もズキズキと痛む。

 慣れないヒールを履いていたからだろう。多分靴擦れを起こしているのだ。

 足を見て顔を顰める私を見て、ライデンが気遣うように言った。

 

 

「サラ、そこに椅子がある。少し腰をかけて休んでおくといい。挨拶をしたらすぐ戻るから」


 そう言ってライデンは壁際に置かれたソファーを指さして言った。

 少し休ませてもらえるのは助かる。

 私は頷いてから壁際のソファーへ向かって歩いていった。




 ソファーに腰掛け、靴擦れを起こしている足に治癒魔術をかける。

 足は何事もなかったかのように綺麗になり私はホッとした。小さな傷ぐらいだったら魔力が少ない私でもすぐに治せる。

 とはいっても、この調子だと再び靴擦れを起こす可能性はあるから、なるべく歩かないようにしないと。ライデンが戻ってくるまでしばらくここで座っていようと思った。

 会場に大きな拍手が湧いたのはその時。

 今日の主役であるアニタナが入場したのだ。

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