第8話 久しぶりの社交界②
バークル家誕生舞踏会当日。
その日、私は気合いが入ったメイド達によって、ヘアセット、メイクを施された。
そして今身に纏っている水色のドレス。ふんわりとしたスカートのドレスではなく、体型に沿った細身のドレスだ。所々輝くクリスタルの装飾が派手すぎない華やかさを演出している。
「こういうドレスを着るのは初めてだから緊張するな。似合っているかな?」
「似合っているわ。もしかしたら、アニタナは似合わないって言うかもしれないけれど、信じたら駄目だからね」
「え……?」
「学生時代から、あの娘はあなたのことを意識していたわ。あなたが着飾ると、いつも面白くなさそうな顔をしていた」
学生時代クラスメイトだったので、ハイネルもアニタナのことはよく知っている。 だけど、ハイネルの言葉に私は首を傾げた。
「私のドレス姿が似合っていなかったからじゃないのか?」
「その反対よ。似合っていたから面白くなかったの。アニタナはね、あなたが綺麗になるのを阻止したかったの。自分に向けられていた視線があなたに持って行かれるって分かっていたから」
そうなのだろうか?
学生時代のアニタナは私よりもむしろハイネルのことを敵視していたけれどな。
「でも家族も私のドレス、似合わないって笑っていたし」
「似合わないって笑っていたのはあなたのお兄さんだけだと思うわ。あなたのお兄さんはアニタナのことが好きだったから、彼女を持ち上げる為にあなたを下げるようなことをいっていたのよ。ご両親はあなたのドレス姿の絵を社交界に自慢していたみたいよ」
「……」
そういえば両親は兄の言葉に苦笑いを浮かべていただけだった。
兄の言葉が耳に入ってしまったから、両親もそんな風に見ていたのかと思い込んでいたのかも。
不意にアニタナがダニールと共に私のことを嘲笑っていたことを思い出す。
そうだった……兄様といる時もダニールといる時も彼女はいつも私のことを嘲笑っていた。今までそんな彼女の言葉を私は信じすぎていたのかもしれない。
その時、部屋をノックする音が響いた。
「どうぞ」とハイネルが中に入るよう促す。
ドアの向こうから現れた人物を目にした私は息を飲む。
「この度はサラ=エルシア子爵令嬢のエスコート役にご指名いただきありがとうございます」
そこには髪もきっちりセットし、華やかな正装をしたライデンの姿があった。
いつもシャツとズボン姿で剣を振り回していた青年の面影が一つもない。
目を瞠る私に、彼はクスッと笑ってから手を差し伸べた。
戸惑いながらも、その手を取ると彼は私の手の甲に軽く口づけをする。
「……っっっ!?」
な、何。その慣れた仕草っっ!
モテていたというのは本当だったみたいだな。
エスコート役としては適任。彼ほど頼もしいパートナーはいないのかもしれない。
「じゃ、しっかりね」
何をしっかりなのかよく分からないままハイネルに背中を押され、私はライデンと共にバークル家の屋敷へ向かうことになるのだった。
「……」
「……」
見られている。
何か、食い入るように見られている気がする。
バークル家に向かう馬車にて、私とライデンは向かい合うようにして座っていた。
私は彼と極力目が合わないように窓の方を見たり、床を見たりしていたのだけれど、ついに堪り兼ねて尋ねた。
「ラ、ライデン。やっぱり……変か? この格好」
「変なわけないだろ。ずっと見ていたいくらいに綺麗だ」
ま、また綺麗だって言われた。
人生でそんなこと言われたことなかったから、どう反応していいか分からない。
しかし狼狽している自分を悟られたくないので、私は笑顔で軽く受け流す。
「ライデン、お世辞もほどほどにしないと」
「お世辞じゃない」
「私がこんな服着るような印象なんかなかっただろう?」
「そんな印象はなかったことは確かだけど、凄く似合っている。きっと会場の男達は皆あんたのことを狙うと思う」
「ね、狙う!? ま、まさか」
「現に俺は今、狙っているから」
「……っっ!!」
まっすぐこちらを見詰め、真剣な口調で告げてくるライデンに、私はいよいよ顔が沸騰するのじゃないかというくらい真っ赤になった。
ね、狙っているって、ライデンが私を?
何かの冗談かと思ったが、次の台詞で彼が本気であることを知る。
「エルシア家には既に縁談を申し込んでいる」
「縁談? 誰と誰の」
「俺とサラに決まっているだろ?」
「何を言っている? 私よりももっと相応しい令嬢がいくらでもいる筈だ。私は凶暴女って言われているくらい男にも恐れられている」
「俺は全然そうは思わない。むしろ、あんた程守りたいと思った女は初めてなんだ。誰があんたをそんな風に言ったんだ?」
「それは……」
不意に思い出すのは従姉妹のアニタナ。そして騎士団の仲間だったダニールの顔だ。
あの二人の嘲笑は今でも耳に残っている。
ダニールが凶暴女というのも無理はなく、私は多くの敵兵や魔物を倒してきたから、当時の上司だったケンリック様と共に貴族達からは恐れられていた。
「大体想像はつく。ケンリック様も白狼騎士団で活躍していた時は、貴族達だけじゃなく、同じ騎士達からも恐れられていたからな。一緒に行動していたあんたも、同じように見られていたのだろう?」
「ケンリック様と共に戦えたことは今でも私の誇りだ。だけど同じ騎士仲間にまで凶暴女と思われていたことはちょっとショックだった」
「……そんな奴の言葉なんか気にするな、と言っても無理だろうな。俺もケンリック様の陰口をたたいていた奴をぶん殴ったことがあるからな」
「……ふふ、ライデンらしいな」
思わず笑う私に、ライデンも悪戯っぽく笑う。
その笑顔は思いのほか無邪気で幼く見えた。
「サラは笑っている方がいい」
「ライデン」
「俺との結婚、考えておいて欲しい」
「……」
求婚、されてしまった。
自分にはあり得ないことだと思っていたので、どう返事をしていいのか分からない。
気の利いた言葉がすぐに出て来ない自分が何だか情けなかった。
今までも縁談がなかったわけではない。一応子爵令嬢だからな。親にはいつも「私よりも強い男が条件だ」と言って逃げていた。
だけどライデンはその条件を満たしている。侍女になる前は互角だったが、今の彼とまともに戦ったら、恐らく勝てないだろう。
しかも家柄もいいし、浮いた話も一つもない。
年下だけど、結婚相手としてはこれ以上にない理想の男だと思う。
父は間違いなくライデンとの結婚を私に勧めてくるだろう。
じっとこちらを見詰めるライデンの目は、夢に出てくるあのライデンを思い出させた。
"サラ……君を愛している"
何故、ライデンは私の夢に出てきたのだろうか?
あの夢には何か意味があるのだろうか?
この国では夢がとても重要視されていて、王室お抱えの夢占術師がいる程だ。
ある人物は前世の夢を見るし、ある人物は未来を予知する夢を見るという。他にも秘められた願望も夢に出てくることもあるらしいが。
秘められた願望……。
いやいやいやいやいや、さすがにそれはない。
初対面の人間相手にあんな願望を抱いていたら、私はとんだ変態だと思う。
となるとやはり前世……とか?
「……」
「……」
ライデンはまだ私のことをじっと見詰め続けていた。
ああ、頼む!
早く目的地に着いてくれ!!
このままじゃ心臓が保ちそうもないから!!
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