第7話 久しぶりの社交界①


 その招待状が私の手元に届いたのは、ハイネルの侍女になってから一ヶ月経った頃だ。

 侍女の仕事も少しずつ慣れてきたある日、私は執事からハイネル宛ての手紙と、私宛の手紙を受け取った。

 差出人は実家の父親。

 近々バークル男爵家の一人娘の誕生パーティーが開かれるので参加するように、と書かれていた。


 バークル男爵家の一人娘といえば、アニタナのことだ。一度参加したことがあるが、派手に着飾った令嬢や、アニタナを慕う貴族子弟がひたすらアニタナを持ち上げていたのだ。

 社交界に参加するにはエスコートをする男性が必要になる。独身女性は恋人、または兄弟や親戚、または仕える主人に紹介された男性と共に行くこともある。

 前回アニタナの元へ行った時には父親にエスコートをしてもらったのだが、今回父親は王太子の随行で隣国へ行く予定なのだという。兄はアニタナのエスコートに立候補しているので私のエスコートは出来ないとのこと。

 手紙によるとエスコート役を従兄弟に打診してみると書いてある。


 従兄弟はまだ十五歳……社交界デビューする年齢ではあるが、かなり気弱な少年で、なかなか社交界に出たがらないと聞いている。そんな少年に、女性をエスコート出来る程の心の余裕はないだろう。

 仕える主人にエスコート役を紹介してもらうのも手だ。マノリウス家に仕える騎士たちは、とても良い人たちが多い。しかし、ケンリック様にそこまでお世話をして頂くのも申し訳ない。

 前の職場の白狼騎士団の中には仲が良かった騎士たちもいたけれど、多分私のことを女と見なしていなかったと思う。仲が悪い人達は嫌な意味で私のことを女扱いしていたけれど。


(ましてや、私のこと、凶暴女とか抜かしていた奴もいたしな……)


 白狼騎士団の元同僚だったダニールの顔を思い出し、私はふんと鼻を鳴らす。

 彼もアニタナに招待されている可能性があるな。

 あの二人とは極力、距離を置きたい所だ。

 私はハイネルに、バークル男爵家の誕生会に招待され、それに参加しなければならないので、一日休日が欲しい旨を伝えた。

 するとハイネルは目を輝かせ、小さく拍手をした。


「まぁ! バークル男爵家のパーティーと言えば、とても華やかなことで有名ね! サラ、どんなドレスを着ていくの?」

「え……ああ、兄が送ってくれたドレスがあるのでそれで行こうかと」

「兄? 兄ってケネス先輩のことかしら?」


 何故かその時ハイネルの表情が一瞬険しくなったような気がした。

 学生時代、学年が一つ上だったケネス兄様は、実の妹である私よりも、従姉妹であるアニタナばかり気にかけていた。

 その光景を何度も見ていたハイネルは、ケネス兄様のことを良く思っていなかった。


「あなたのお兄様がどんなドレスを送ったか、と-っても興味があるわ。見せてくれる?」

「もちろん。後で見てもらおうと思っていたし」


 私は頷いてからハイネルと共に隣の自室へ入った。

 ちなみに私とハイネルの部屋はドアで繋がっている。

 ドレスは届いてからすぐハンガーにかけて、ウォールラックのフックに吊り下げていた。

 やや色褪せたグレーのドレス。多分、実家のクローゼットの奥にしまってあったものだ。

 ハイネルが露骨に眉を顰めて言った。

 

「……どう見ても古着じゃない。あなたのお兄様のセンスを疑うわ」

「そ、そうかな? 確かに古いなとは思っていたけれど」

「アニタナに頼まれたのかしらね。そういうドレスを選ぶようにって」


 苦々しく呟くハイネルに私は首を傾げる。

 アニタナと兄様は昔から仲が良かった。兄様は男勝りな私よりも、おしとやかなアニタナのような妹が欲しかった、とよくぼやいていた。

 アニタナの言うことなら何でも聞く兄様だから、私に相応しいドレスを選んでくれと頼まれ、快く引き受けたのかもしれない。

 私はドレスに疎いから何とも思わなかったけれど、ハイネルがかなり引いている所からして、これを社交界に着て行ったら相当恥ずかしい代物であることは分かった。


「このドレスは却下! 別のドレスにするわよ!」

「でもこれを着なかったら、兄様が機嫌を損ねるかも……」

「あなたのお兄様には私からお手紙を差し上げるから心配いらないわ」


 何故かいつになく黒い微笑みを浮かべてハイネルは言った。

 ハイネルがドレスを選ぶとなれば、兄様も文句は言えないな。

 相手は大公家の人間。逆らえば不敬と見なされる。


「じゃ、バークル家のパーティーに相応しい衣装を選ぶわよ。ちゃんと社交界用のドレスも作っておいたんだから」


 そう言って開いたクローゼットの中にはずらりとドレスが収納されている。

 侍女服だけではなく、社交用のドレスも作られているのだ。

 社交用のドレスはクリスタルがちりばめられた華やかなもので、部屋のシャンデリアの光に照らされキラキラと光っていた。

 ハイネルは青いドレスを取り出して、にこやかに笑って私にい言った。


「誕生会当日はうちのメイド達があなたを着付けるから」

「え……えええっっ!? ……そこまでしてもらわなくても。まだエスコートしてくれるパートナーも見つかっていないから、誕生会に行けるかどうかも分からないし」

「私が紹介するわ。あなたに相応しいパートナーを」

「え? ハイネルの知り合い?」

「あなたもよく知っている人よ」

「私も知っている人?」

 

 首を傾げる私に、ハイネルはニコニコと笑うだけで、結局誰かは教えてくれなかった。

 ハイネルも私も知っている人といえば、学生時代のクラスメイトだった男子か誰かだろうか?

 ああ、でも良かった。パートナーは一番の悩みの種だったから、ハイネルが紹介してくれるのはとても助かる。

 どんな人が来るかは分からないけれど、とにかくエスコートだけしてもらって、主催者に挨拶をしたら、とっとと帰ればいいか。うん。



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