第5話 改めてあなたの魅力に気づいたと言われましても……

「それにしてもあのハイネル嬢がマノリウス家の一人娘だったとは」

「高等学校では、母の姓を名乗っていたらしいからな」

「平民の子だと噂されていたし……くそ……噂に騙されていた!」


 どうもハイネル嬢もまた、社交界ではあらぬ噂が流れていたらしいな。

 何だか親近感を覚える。

 高等学校ではマノリウス家の名を使うと、何かと窮屈な思いをすることになるから、母親の姓を名乗っていたのだな。

 

 俺たちは神官の前に立つ。

 穏やかな表情を浮かべた老神官はまず俺に問いかける。


「ケンリック=リーベル公子、あなたは生涯 ハイネル=マノリウス公女を守り続け 笑顔を絶やすことなく、幸福にすることを誓いますか?」


 優しい声音だが、その問いかけに俺の身は引き締まる。

 彼女を守りたいという気持ちが増す。


「誓います」


そして神官はハイネル嬢の方を見て問いかける。


「ハイネル=マノリウス公女、如何なる時もケンリックリーベル公子の支えとなり 生涯愛し続けることを誓いますか?」


神官の問いかけに、ハイネル嬢は頬を染めて答える。


「誓います」


 そして俺たちは初めて、彼女と口付けをかわした。

 ほんの僅かに触れる程度のキスだ。

 それでも嬉しさのあまり胸が高鳴る。

 会場に大きな祝福の拍手が響き渡った。



~・~・~・




 神殿で誓いの儀を終えて外へ出た。

 招待客たちが拍手や祝福の声援を送る中、俺たちは広場の石畳の上に敷かれたレッドカーペットの上を歩く。

 緋色の道の先にはマノリウス家の別邸に向かう馬車が待っている。

 その時だった。


 ケシャァァァァ!!


 甲高い鳥のようなワイバーンの鳴き声。

 警備隊が乗るワイバーンの一頭が突然暴れだし、手綱を引きちぎり空へ舞い上がったのだ。

 ざわつく招待客。

 ワイバーンは雄叫びを上げ、何度か旋回する。

 俺は目を凝らし、その様子を見ていたが、ワイバーンの体は紫色の煙につつまれていた。

 あれは魔物使いが魔物を操っている時に起こる現象だ。


 その昔、魔物を操ることを得意としたモイル族は、魔物を操り一大勢力を築こうとした。マウル神とリーベル村長は、モイル族の軍勢を退けた、と言われている。

 今、活躍する魔物使いはそのモイル族の子孫が殆どだ。

 現在は人々の為に活躍する魔物使いが圧倒的に多いのだが、時には暗殺や、破壊行為の依頼を受ける魔物使いもいる。


 誰かがワイバーンを操っているのか?

 周囲を見回すが、近くにそれらしき者はいない。

 遠隔操作をしている可能性があるな。


「リック!」



 レック兄さんが俺に剣を投げ渡す。

 今、腰に帯剣しているのは装飾剣だからな。

 俺は剣を受け取り、兄に向かって頷いた。

 ワイバーンはこっちに向かって降下してくる……俺を狙っているのか? いや、違うな。

 俺はとっさにハイネル嬢を庇う。


 ぎぃぃぃぃぃん!!


 ワイバーンの爪と俺の剣がぶつかる音が響き渡った。

 この爪はハイネル嬢をめがけて向けられたもの。

 魔物使いは彼女を狙っているのだ。


身体麻痺魔術フリージング!」


 彼女が呪文を唱え、ワイバーンを麻痺させる。

 そうだ、ハイネルは優れた魔術師だったな。

 翼を動かせなくなったワイバーンはそのまま地面に落ちる。

 体が麻痺し、うずくまったワイバーンの額に俺は剣を突き立てた。

 護衛のワイバーンを処するのは忍びないが、一度魔物使いに操られた魔物は、魔物使い以外の言うことを聞かなくなるからな。

 ワイバーンは目を見開き絶命した。


「お見事です!ケンリック公子!」

「ああ、そのようにいつも戦っていらっしゃったのですね」

「いつも守って頂きありがとうございます!」


 招待客たちは大きな拍手と声援を送ってくれた。

 中には感動した者もいたようで、涙を流している者も。


「素敵でしたぁ! 花婿様が花嫁様をかばうお姿」

「ハイネル様もなんと美しく凜々しいのでしょう!」

「ケンリック様! ハイネル様! お見事でした!!」


 ……よかった。

 どうやらワイバーンを倒した俺を見て、恐れる人はいなかったようだ。

 幸い返り血も浴びなかったしな。

 それにしても、一体誰がハイネル嬢を狙ったのだろうか?

 恐らくリーベル家とマノリウス家の婚姻を快く思っていない者の仕業だろうが、俺ではなくハイネル嬢を狙うとは。

 その時甲高い女性の声が響き渡った。


「ちょっと離しなさい! 女性の手を掴むなんて乱暴ですわ!!」


 声を上げるのは、エレーヌだ。

 彼女はディレックに腕首を掴まれている。エレーヌはその手に紫色に光り輝く魔石を持っていた。

 貴族の一人が声を上げる。


「あ、あの魔石は魔物使いが遠隔操作の時に使う、操獣石だ」

「な、何!? 間違いないのか」

「間違いない。私の知り合いに魔物使いがいるからな。魔物を操る時、石が紫色に光り輝くのが特徴だ」


 たちまちエレーヌの周囲から人が離れる。

 彼女は顔を蒼白にし、慌てて魔石から手を離す。

 地面に落ちた魔石は、操る魔物が死んだせいかだんだん光を失っていった。

 彼女がこの石を持っていたということは、魔物使いを雇ったのは彼女ということになる。魔物使いが魔物を操りやすいように操獣石を持っていた可能性が高い。


「エレーヌ、何故」

「酷い……! ケンリック兄様の隣に立つのは私だった筈なのに!!」

「は……?」


 俺は目を点にする。

 ディレックも、もの凄く呆れた表情を浮かべ、エレーヌを見下ろしている。


「何を言う。もう二度と近づくなと言ったのは君の方じゃないか。それに、今の婚約者はどうした?」

「あんな侯爵のバカ息子……顔しか取り柄がありませんもの! 爵位だって彼が継ぐわけじゃないし」

「そんな言い方はないだろう?」


 エレーヌの婚約者である侯爵家の息子、モルガン公子は、顔を蒼白にし、目を白黒させていた。ほんの少しだけ奴に同情した。ほんの少しだけだが。


「それに比べて、大公令嬢と婚約してから、あなたの評判はだんだん良くなって……あなたを悪く言う人はいなくなったわ」


 それはそうだろう。

 内心はともかく大公令嬢の婚約者を表立って悪く言う者はいない。


「しかも国王様があなたに叙勲を送るという噂まで流れている。その時になって、改めて気づいたのです。あなたの魅力に。だから、どうしても大公令嬢からあなたを取り返したかった!」


 幼い頃からのエレーヌをよく知っているディレックは、心底げんなりした表情になった。


「リックが大公令嬢の許嫁になったと分かった瞬間、リックのことが惜しくなっただけだろう? 君は昔から自分より上の貴族令嬢が持っているものを欲しがっていたからな。子供の頃ならまだしも、今もまだそんな考えだったとは」

「ケンリック兄様は元々私のものでしたのよ!? お父様にも大公令嬢からケンリック兄様を取り返して欲しいと頼んだのに、今回は私の言うことを聞けないっていうから」

「ビターニュ伯爵は、娘に甘すぎたようだな」


 ディレックは死んだような表情を浮かべているビターニュ伯爵の方を一瞥した。

 いくら可愛い娘の頼み事でも、大公令嬢の婚約を破棄させるなど、ビターニュ伯爵では無理な話だ。この婚姻は国王陛下が後押しするもの。しかも大公を敵に回すわけにもいかないのだから。

 エレーヌは今まで、物事がずっと自分の思い通りにいっていたから、今回も思い通りになると思い込んでいたのだろう。

 しかし今回は思い通りにならなかったのが、彼女にとってこの上ない屈辱だったのだ。

 俺は冷ややかな声でエレーヌに問いかける。



「それで魔物使いを雇って、ハイネル嬢を殺そうとしたのか」

「こ、殺そうだなんて、そんな物騒な」

「ワイバーンは明らかに彼女の命を狙っていた」

「私はシオール王国の王子様に言われたのです! この石をもっていれば、結婚式を壊せるって」


 シオール王国はマウル王国と交流がある隣国だ。

 そこの第二王子はハイネルに結婚を迫っていたという話を聞いている。

 ということは、魔物使いを依頼したのは隣国の王子、ということになるな。

 招待客の貴族たちの目は、一人の青年に向けられる。

 金髪碧眼が美しい見目麗しい人物だが、彼の顔は蒼白になっていた。彼こそが、ハイネルに求婚していた隣国の王子だろう。

 彼は小声で呟く。


「俺の名は出すなと言ったのに……この馬鹿女」


 シオール国の王子はせめてハイネルの晴れ姿が見たいと、結婚式の参加を希望したと聞いている。

 彼はハイネルの方を見て声高に訴える。


「誤解だ、ハイネル! 僕は君の命を狙ったわけじゃない!! 僕は君をこの剣で助けるつもりだったんだ!! でも、そいつの方が早く助けるから……」


 ようするに式場でハイネル嬢を助けるヒーローを演じたかったわけか、この王子様は。

 魔石をエレーヌに持たせたのは、万が一後になって事が露見した時に、すべて彼女のせいにしようとするつもりだったのだろう。まさかこの場で事が露見するとは思わなかったようだ。

 エレーヌの隣にいたのが、目ざといディレックだったのが運の尽きだった。他の人間だったら、気づかずにやり過ごせていただろう。


 その場で白を切れば良かったのかもしれないが、エレーヌが自分の名を呼んだものだから王子も相当慌てたようだ。


 何とも愚かなことをしたものだ。

 招待客には他国の王族や貴族もいる。

 彼らが見ている目の前で、このような失態を犯してはもう取り返しがつかない。

 今あったことをもみ消そうにも、目撃者があまりにも多い。

 第二王子だが正妃の息子ということで、王位継承権第一位だと言われていたが、その地位も危うくなるだろうな。

 エレーヌは縋るような目を向けて俺に言ってきた。


「わ、私もそんなつもりありませんでしたわ! そこのワイバーンが勝手に暴走しただけです……わざとではないのですし、優しいケンリック兄様なら許してくださいますわよね?」

「………………」

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