第3話 初の対面
一週間後――――
伯爵家当主である兄宛に、伯父からの手紙が送られて来た。
俺もその手紙に目を通すようにと伝言があったので、兄の執務室に呼び出された。
兄、ディレック=リーベルが最初に手紙を読み、ぽつりと呟いた。
「そうか……マノリウス大公家は一人娘だったのか。王族以外のマノリウスの人間は社交界には滅多に出てこなかったし、ハイネルという名だから、てっきり男子かと思っていた」
「レック兄さん、何て書いてあったのです?」
俺は兄のことをレック兄さんという愛称で呼んでいる。兄も俺のことをリックと呼んでいる。
ディレックは手紙を読み終えてから、俺の両肩に手を置いて言った。
「お前には生まれながらの婚約者がいる」
「……は?」
古くから伝わる物語に登場するリーベル家とマノリウス家。
マウル神は、マノリウス家が一人娘だった場合、リーベル家の次男と結婚することという神託を下した。
代々、両家はマウル神の神託に従ってきた。
俺の先祖は物語に登場する村長バルサック=リーベル村長だ。
そしてもう一つの家であるマノリウス家はこの国の王家。
王家には既に第一王子と第二王子が産まれている。
しかし、傍系にマノリウス大公家が存在する。王家の次の家格を持ち、マノリウスの姓を名乗ることが許された家だ。
その大公家に一人娘がいるらしい。
伯父の手紙には下記のような事が書かれていた。
二百年前に結婚したマノリウス王室の王女とリーベル家公爵の息子は、お互いに前世の夢を見ていたのだという。
どうもマノリウス大公家の一人娘も、俺と似たような夢を見ているらしい。
その娘が王宮の夢占術師に占ってもらった所、彼女が見た夢はマウル神の導きによるものだという診断がくだったそうだ。
それを聞いた国王は、この国の発展の為にも何としてもマノリウス家の一人娘と、リーベル家の次男の婚姻を成立させるよう伯父に命じたそうだ。
言い伝え通りに両家の婚姻が成立した翌年には、国が豊かになると言われているからだ。
我が国は夢を重視する傾向がある。
もちろん全ての夢が正夢になるわけではない。
その夢が何かの予兆かどうか診るために、夢占星術師がいるのだ。
貴族も平民も夢占術師に従い、将来を決める者が多い。
俺自身は夢占術師を当てにしたことは無かったが、あれだけ同じ夢を見ていると一回、占ってもらわないといけない、とは思っている。
リーベル家はマノリウス大公家が一人娘であることは知らされていなかったが、全ての貴族の情報を把握しているマノリウス王家はリーベル家に次男がいることは分かっていた筈だ。
神託に忠実に従うつもりなら、とっくにリーベル伯爵家に縁談を申し込んでいたはずだ。
しかし、前回の結婚が二百年前だからな、王室も神託に関しては半信半疑だったのだろう。夢の件がなかったら、王はこの結婚を積極的に推し進めようとはしなかったのではないかと思う。
信じられないことだが、伯父の手紙によると、大公家の一人娘であるハイネル=マノリウス自身が俺と会うことを望んでいるそうだ。
~・~・~
叔父の手紙の内容があまりにも突拍子もなかったので、俺は家に伝わる歴史書を調べることにした。
山岳地帯を支配していたマウル=マノリウスが、河畔の村の長をしていたバルサック=リーベルに助けを求められて、村を荒らしていたならず者を追い払った。
マウル=マノリウスは、村人に感謝され“山神様”とたたえられるようになった。
翌年、リーベル家の次男とマノリウス家の一人娘が結婚。
二人の子供たちによって村は発展した。恐らくこれが史実に近いのだろう。
神託は、後世による後付けの可能性が高い。
ただ、もっと古い別の書にはそのマウル神は古代神の末子でとも書かれている。
リーベル家の次男とマノリウス家の一人娘が、お互いに出会う夢を見て惹かれ合うという物語は、二百年前の出来事だけではないようだ。かなり古くからの書物からも、似たような物語が描かれている。
いわゆる諸説あり、って奴だな。いずれにしてもお伽噺にすぎない。
そんなお伽噺を真に受けて結婚しても良いのだろうか?
俺はまだいい。
しかし相手であるマノリウス家の一人娘は大公家の一人娘だ。最近まで王立高等学校に通い、勉学、魔術共に優秀な成績をおさめて卒業間近なのだという。他にいくらでも良い縁談はある筈。
隣国の王子からも熱心に求婚されているらしいが、彼女は頑なに断っているらしい。
王子が求婚しても頷かない高嶺の花が、俺との縁談を応じるのか甚だ疑問だ。
だけど時々夢に見る女性……大人になった今でも時々現れるあの女性。
その顔を見た瞬間、嬉しくて幸せな気持ちになる。
もう離したくない、とさえ思う。
夢の中で、激しい恋心を抱いている自分……我ながらかなり危ない奴だと思っている。
何故、あの夢を見るのか?
何故、こんな気持ちになるのか?
結婚のことは置いておいて、その疑問が解決出来たら、と思う。
訳が分からないまま、同じ夢を見続けるのは、なんだか気持ちが悪い。
~・~・~
そして俺も王城の夢占術師に占ってもらった所、マノリウス家の娘と同じ診断がくだされた。
占術師はその夢に出てくる女性こそ、マノリウス家の一人娘に違いない。俺の夢は彼女と結婚する予兆なのだ、と。
しかも王子の求婚も拒んだマノリウス家の娘は、俺との縁談には応じるのだという。
まったくもって信じられない。
誰かに騙されているとしか思えない。
誰に騙されているか分からんが。
夢のことをはっきりさせる為にも、マノリウス家の一人娘と一度会わないといけない。
会えば全てが分かる。
そんな気がしたのだ。
~・~・~
ハイネル=マノリウスが通う高等学校が休みの日に一度顔合わせをすることになった。
リーベル家の別宅にて、俺と彼女は生まれて初めて顔を合わせることになった。
一体どんな女性なのだろう?
俺は緊張しながらも、扉をあけた。
テーブルの前で端座している女性の姿を見た俺は息を飲む。
「初めまして、ハイネル=マノリウスと申します」
そこにいた女性は、夢に出て来た女性そのもので。
とても美しい女性だった。
ただ美しいだけだったら、こんなに胸が高鳴ることはない。以前婚約しかけたエレーヌだって美人の部類だった。
何故かハイネル嬢の顔を見た瞬間、溢れんばかりの歓喜がわき上がった。生き別れになった家族に、再会できた時のような喜びだ。……どうして、こんな気持ちになるんだ?
「お会い出来て嬉しいです」
彼女がふわりと笑うと、それだけで幸せな気持ちになる。
……本当の本当に、こんな綺麗な娘が俺の婚約者になるのか?
信じられない気持ちと同時に、俺はほぼ無意識に口に出していた。
「……やっと君に会えた」
「え?」
首を傾げるハイネル嬢に、俺は我に返る。
俺は何を言っているんだ!?
彼女とは初対面なのに。
「あ……いや、こちらこそお会い出来て光栄です」
「まずはそんな堅苦しい挨拶はやめましょう。私の前では敬語は不要です」
「わ、分かった。じゃあ君も俺の前では敬語は不要だ」
「ええ、分かったわ」
彼女の笑顔に、混乱しかけていた気持ちが一気に和らいだ。
最初は飲んでいるお茶、お菓子。それから天気のこと。
とりとめもない話だけど、ちょっとしたことで彼女が笑うと嬉しくなり、俺が笑うと彼女も嬉しそうな顔を浮かべた。
思いの外、話が弾んだ。
大公令嬢だというのに着飾ることがなく、少し話をしただけで聡明な女性であることはすぐに分かった。
俺たちの様子を見て、伯父バンロックとハイネルに同行していたハイネルの母親も安堵した表情になった。
こうして初の顔合わせは無事に済み、俺たちは正式な婚約者となった。
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