第2話 伯父の訪問

 時々、夢を見る。

 その人は俺の頭をなでていた。

 ヤマユリの花畑が見渡せる丘の上。


「あなた、疲れていない?」


 優しい指が額に触れてくる。

 小春日和の、ぽかぽか陽気だった。

 あれ……なんか頭があたたかくて気持ちが良い。

 目を開けると、マリンブルーの澄んだ瞳が間近にある。

 ふわりと頬にかかる、プラチナブロンドの髪。

 俺は、とてつもなく可愛い美少女に膝枕をしてもらっていた。

 しかも俺自身、それを当然のように受け止めていて。


「ああ、疲れていない。君が癒してくれるから、疲れなんかすぐに吹っ飛ぶ」


  俺が答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 俺と彼女は夫婦だ。一緒に居られる幸せな空間が心地よい。

 彼女がとても愛しい。



「あなた……今日も沢山愛してくださいますか?」



 いつも夫婦二人きりの時には砕けた口調の彼女が改まって敬語を使うのは、俺に願い事をする時だ。

 小首を傾げて、問いかける彼女に、俺は大きく頷いてから答える。



 もちろん、今日も沢山愛しますとも!



 そこで俺は目が覚める。

 ……また、あの夢か。

 誰にも言ったことがないが、幼い頃から見ている夢。

 俺は女性に膝枕をしてもらって、疲れた身体を回復魔術か何かで癒してもらっている。

 しかも彼女とは夫婦で。


“あなた……今日も沢山愛してくださいますか?”



思い出しただけで、かあああっと顔が赤くなる。

 幼い頃は意味が良く分からなかったが、大人になった今はもちろん分かる。

 夢の中の女性は、大人しそうな見た目のわりに積極的なことを言ってくれるのだ。

 あんな綺麗な娘が、俺を求めてくるなどっっ。

 

 

 もちろん夢では夫婦という設定(?)だから、俺はそれに応じるところで目が覚める。どうせなら、その先の展開も夢で見たいのに……という邪な考えは振り払うとして。


 同じような夢を幼い頃から何度も見るなんて。

 俺の精神状態、大丈夫なのか心配になる。

 まぁ、夢のことで悩んでいても仕方がない。

 今日は父の兄、バンロック=リーベル伯父上が家に来る日だ。


 公爵家の当主であり、将軍でもある伯父の年は五十代前半。亡くなった父に代わって、俺や兄の事を何かと気にかけてくれる。

 伯父は以前から部下として俺を手元に置きたがっていたからな。

 そのことについて話があるのだろう。

 まぁ、伯父が来る前にまずは身支度と食事をすませないとな。



 ~・~・~



 バンロック伯父上が来たのは朝食をすませてから一時間後。


「大伯父様―、会いたかったです!」


 兄の子であるライラックが無邪気な笑顔で出迎える。

 俺よりも巨漢なバンロック伯父。身長202 体重120

 ちなみに俺は身長183 体重 73 


 伯父はライラックに絵本のお土産を渡す。

 俺も幼い時に読んでいた本だ。

 この話は我が家の祖先の伝説でもあるのだ。

 ライラックは目を輝かせ、さっそくソファーに腰掛けて絵本を読み始める。


「むかし、むかし、あるところに悪い鬼がいました……」


 声を出して読み始める甥っ子。

 俺は隣に腰掛け、絵本に描かれた絵を見る。

 そこには大きな鬼と逃げ惑う人々の絵が描かれていた。

 絵本の内容は、かいつまんで言うと下記のような感じだ。


 大昔、ある村が悪鬼達に襲撃された。

 女子供が浚われたり、農作物を荒らされたり、村人達は悪鬼にたいそう苦しめられていた。

 そこで村長であるバルサック=リーベルは、近くの山に住む神、マウル神に助けを求めた。


 マウル神は条件を出す。


「私の娘は、お前の次男のことを好いている。お前の次男が我が娘を娶った暁には、村を助けてやろう」


 バルサックはその条件を快諾した。

 何を隠そうバルサックの次男も、山神様の娘に想いを寄せていたからだ。

 こうして二人は結婚することになった。

 山神マウル神と勇士バルサックの力により、悪鬼は倒された。      

バルサックの次男とマウル神の娘は無事に結ばれ、たくさんの子供に恵まれた。

 村は繁栄するようになり、やがて町へ、そして国になった。

 それがマウル王国の始まり。


 絵本の内容は、二人が結婚して沢山の子供に恵まれた所までで終わっている。

 その後の詳しい話はリーベル家の伝承に書かれている。



 マウル神はバルサックに告げる。


「今後もマノリウス家に一人娘が生まれた時、必ずリーベル家の次男と結婚させること。さすれば王国は繁栄するだろう」


 その神託に従い。

 マウルの子孫であるマノリウス家に一人娘が生まれ、村長の子孫であるリーベル家に次男が生まれた時には、その二人は必ず結婚するようになった。


 とはいっても結婚が成立するのは百年に一度、あるかないかだ。

 まず、マノリウス家に一人娘しかいないという状況が滅多になかった。男子が生まれることが多いの家系だったのもあるが、大抵誰かしら兄弟や姉妹がいたりしたのだ。

 そして一人娘だったとしても、リーベル家には次男がいないこともあった。


 最後に結婚が成立したのは、二百年前。

 リーベル公爵家の次男と、マノリウス王家の王女が結婚をしたのが最後だ。



 そういえば、俺も一応リーベル家の次男だよな。父親も次男だったので公爵家は継いではないが、戦功が認められ、伯爵の地位は賜っている。だから傍家になるのだろうけど。

 リーベル家に次男坊が生まれても、マノリウス家に一人娘が生まれないと成立しないからな。

 父上も別の貴族女性と結婚している。マノリウス家に一人娘がいなかったのもあるかもしれないが、仮にいたとしても、伯爵家であるウチよりも、もっと有力な貴族や王族との結婚を優先するだろう。

 所詮は物語に過ぎないのだ。


 その時、甥っ子が伯父の膝にちょこんと座って言った。



「今日、僕、夢を見たんだよ」

「夢?」

「うん、大伯父様や叔父様みたいに格好いい騎士になる夢!」


 社交界では鬼、悪魔と呼ばれているが、甥っ子だけは俺を憧れの目で見てくれる。

 俺の甥っ子は可愛い。

 伯父もデレデレ嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「夢といえば、伯父上は夢について占ってくれる良い占術師をご存知だろうか」

「夢占術師であれば、王城に仕えている者が一人いるが、何か夢でも見たのか?」

「ええ……幼い頃から時々見る夢なのですか」


 俺は夢に出てくる女性のことを伯父に話して聞かせた。

 まぁ「愛してくださいますか?」の部分は恥ずかしいので割愛したが。


「なんと……その話は誠か?」

「はい。だから夢占術師に占って欲しいのです。何かの予兆かもしれないので」

「いや……夢占術師の前に確認しないといけないことがある」


 伯父は何やら焦った様子で立ち上がり、挨拶もそこそこに帰って行ってしまった。

 何であんなに慌てて出て行ったんだ? ?

 それよりも俺は伯父の元で働くことは出来るのだろうか? その話がうやむやになってしまったような気がするが。


 伯父からリーベル伯爵家宛てに手紙が届いたのは、それから一週間後だった。

 その手紙の内容は俺の人生を一変させる内容だった。

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