第119話 告白 ~鴇汰 1~
「ちょっと……岱胡! 鴇汰、早く戻ってやらないと……」
「いいんだよ! しばらく放っておけ!」
「そんなわけにはいかないでしょ!」
飛び込んで助けに行こうとした麻乃は、鴇汰が突然ボートを止めたことで椅子から転げ落ちた。
慌ててそばに寄って抱き起してやる。
間近で目が合い、気まずさに互いに目を反らせた。
「大丈夫か? 頭、打ってないか?」
「あたしは平気だけど、岱胡が……こんなところから泳がせてなにかあったらどうするの!」
「大丈夫だって。あいつ泳ぎは得意なんだし。それにちょっと席を外してもらっただけだ」
麻乃を椅子に腰かけさせると、鴇汰はその前にひざまずいて椅子に置かれた麻乃の手を握った。
緊張のあまり胸が痛む。
「岱胡の言うとおりだよな。俺、確かに麻乃になにも言えていなかったと思う」
黙ったままの麻乃は、繋いだ手に向いたままだ。
なにを思っているのか、知るのが怖い。
それでもロマジェリカで二人でゆっくり話そうといった約束を、ちゃんと果たさないといけない。
麻乃の目をしっかりと見つめ、その視線が鴇汰に向いたのを確認してからゆっくりと息を吐いた。
「俺……七歳のときに穂高に連れられて初めていった地区別で、演武をしていた姿をみたときから、ずっと麻乃が好きだ」
「七歳……」
「俺、麻乃をみて……麻乃を目標にして戦士を目指したんだ。隣に立って同じ景色をみたかった」
まさか蓮華の印を受けるとは思わなかったし、麻乃が修治とつき合っているなんて思いもしなかった。
諦めようとしたこともあったけれど、それもできなかった。
ほかに目を向けようとしても、結局は麻乃を好きだと自覚させられただけだ。
「でも……鴇汰の周りにはいい人がたくさんいるじゃない。あたしじゃあなくても……」
「無理なんだよ。ほかの誰かなんて。俺が愛しているのは麻乃で、ほかの誰かじゃあ駄目なんだ……だから聞かせてくれないか? 麻乃の気持ちを」
「あたしは……」
繋いだ手を見つめていた麻乃は、顔を上げるとまだ遠くに見えているジャセンベルの船団に目を向けた。
今にも泣き出しそうな表情だ。
ロマジェリカの山中で、悪態をついた鴇汰に突然キスをしてきた麻乃は『なんとも思っていない相手にこんなことはしない』といった。
だから少しは期待していたけれど、今、目の前の麻乃は、本気であのままジャセンベルに……レイファーについていくつもりのようにみえる。
いつか、やたらと普通にこだわっていたことがあった。
普通に見られたかったのは、レイファーなのか?
鴇汰は自分の思いだけでここまで来たけれど、麻乃は本当は……レイファーについていきたかったんだろうか?
麻乃がそう考えているなら尊重してやりたいという気持ちと、どうあってもレイファーだけは駄目だという思いが、鴇汰の中でせめぎ合って、思わず麻乃の手を放して頭を掻きむしった。
気を抜くと泣きそうになり、どうしようもなく胸が痛む。
何度か深呼吸をして、どうにか気持ちを抑えると、麻乃に背を向けてハンドルを抱えるようにしてもたれかかった。
伝えることは伝えた。
それで駄目なら……仕方がないんだろう。
「……悪かったよ。こんなふうに引き留めちまって……戻ったら上に掛け合って、なんとかジャセンベルに行かれるように頼むから、そんなに心配するなよ」
麻乃はなにも答えない。
鴇汰が手を尽くして早いうちにジャセンベルへ渡れるとわかったら、少しは安心するんだろうか。
「穂高もレイファーは悪いヤツじゃあないっていうし……まあ、あいつなら麻乃を幸せにしてくれるだろ……」
本当は嫌でたまらないけれど、そうすることが麻乃の幸せなら……。
ぼんやりとそう思ったとき、強い衝撃が脳天を貫き、鴇汰は麻乃を振り返った。
目の前には、オールを振り上げた麻乃の姿がある。
「ちょっ……なんだよ! いきなりなにすんだ!」
それには答えずに、麻乃は闇雲にオールを振り回して鴇汰をたたく。
両腕で頭を守っても、腕に、腰に、容赦なく当たって痛いどころの話しじゃあない。
いっそ刀で斬られたほうがマシなんじゃあないかと思うほどの痛みだ。
「――あんたはっ! 人の邪魔してこんなところまできて……あたしがどんな気持ちであの船に乗ったか……!」
「待てって――! わかったから! わかったからやめろって!」
攻撃をなんとかかわし、麻乃の腕をおさえてたたくのを止める。
よく見ると麻乃は泣いていた。
なんでここで泣くんだ?
腕をつかんだ手が緩み、麻乃がまたオールを振り上げた。
その向こうに、岱胡が泳いですぐそばまで来ているのが見え、鴇汰は急いでエンジンをかけると、また岱胡から距離をとった。
急にボートを走らせたせいで、麻乃はオールを握りしめたまま尻もちをつくように、今度は椅子にひっくり返った。
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