第120話 告白 ~鴇汰 2~

 岱胡から離れたのを振り返って確認してからエンジンを切り、麻乃に向き直ると、立ちあがろうとして握りしめたオールを踏みつけて止めた。


「おまえ、ふざけるなよ! なんだよ? なんだってのよ! いきなりこんなもんで殴りつけてきやがって!」


「鴇汰が勝手にあたしの気持ちを勘違いしているからでしょ!」


 あんなことを仕出かして、もう泉翔にいられない。

 みんなにも合わせる顔がない。

 島を出ないことには生きていくこともできない。


 全部諦めて、どうにかジャセンベルに行かれることになったのに、こんなところまで止めに来ておきながら、あっさり手放そうとする。

 おまけにレイファーなら麻乃を幸せにしてくれるなんて、なにを勘違いしているのか、人の気もしらないで、と、まくしたてるようにして叫び、麻乃は両手で顔を覆ってワッと泣き出した。


 以前、砦で修治と一緒にいたときに、大泣きをしていたのと同じくらいの勢いだ。

 人の気もしらないでというけれど、麻乃は黙ったままで答えなかった。

 もうたたかれないようにオールを操縦席のほうへ投げると、顔を覆っている手首をつかんだ。

 振りほどこうとするのを無視して無理やり手を繋ぎ、麻乃の前に腰をおろした。


「そんなに言うなら、ちゃんと聞かせろよ。俺はちゃんと言ったよな? 足りないっていうなら何度だって言うよ」


 麻乃は嗚咽で肩を震わせながら、ようやく鴇汰をみた。


「俺は麻乃が好きでたまらない。ずっと前からも、これからも、麻乃だけを愛している。だから聞かせろよ。今、誰を思っているのか」


 目をみつめたままそう伝えても、麻乃はなかなか口を開かない。

 いつもそうだというのは、もうわかっているけれど、今はそんなに待っていられない。

 岱胡だっていつまでも泳がせているわけにはいかないんだから。


「俺、結構待ってると思うぞ。まだ待たないと駄目か? 言えよ。どんな答えでも、ちゃんと受け止めるから」


「……あたし、もう何年もまえから……鴇汰のことが……好きで……豊穣から無事に帰ったら、伝えなきゃ、って……」


 けれど、自分のせいでこんなことになって今さらそんなことは言えないし、幸せになんてなれないと、なっちゃあ駄目だという。

 だから大陸で一人で生きていこうと決めたし、鴇汰は誰かと幸せになってくれればと。

 言い訳じみたことをあれこれ言っているけれど、そんなの頭に入ってくるわけがない。


 ずっと聞きたかった言葉が聞こえたはずなのに、もう一度ちゃんと確認したいのに、いつもは黙る麻乃の口が止まらない。

 胸の内から湧き立つ思いを必死に抑えて麻乃の言葉をさえぎった。


「俺が聞きたいのはそういうんじゃねーのよ」


「……えっ?」


 ようやく麻乃が口をつぐんだ。

 繋いだ手の震えが止まらないまま、鴇汰はもう一度、麻乃に聞き直した。


「さっき俺のこと、なんて言った?」


「あ……」


 麻乃が一瞬で赤くなったのをみて、聞き間違いじゃあなかったとわかる。

 それでも、流れるように過ぎていった言葉を、ちゃんと聞きたい。


「そういうのはいいから。幸せになるとかならないとか、それはあとでまたちゃんと聞くから。誰を思っているのか……俺をどう思っているのか、今はそれだけを聞かせてくれよ」


 麻乃は真っ赤になったまま唇を噛んでうつむいた。

 ついさっきまで聞きもしないことをベラベラ喋っていたくせに、ここでまた黙るか。

 もう恥ずかしさも照れもない。

 岱胡がいうように本当に本当の気持ちを、単純に伝えるだけだ。


「しつこいと思うかもしれないけど、俺は麻乃を愛している。それは絶対変わらない」


「しつこいなんて思わないよ……あたしも鴇汰が……鴇汰を愛してる」


 今度こそハッキリ聞いた。

 しかも好きから格上げされている。

 嬉しすぎてジッとしていられない衝動を抱えたまま、麻乃を思いきり抱きしめた。


「結婚しよう、麻乃。俺の家族になってほしい。帰ったら一緒に暮らそう」


「でも……あたしは……」


「島で暮らすのがどうしても嫌なら、枇杷島でも月島でも構わないし、それも抵抗あるってなら大陸のどの国だってかまわないから」


 麻乃の頬を両手で包み、そっとキスをしてから額を合わせた。


「帰ったらちゃんと話そう。これからのこと、住む場所のことも、ゆっくりでいいから二人で決めよう。けど、今度はあまり待たせんなよな?」


「わかってるよ……それは本当に……いつもごめん。待ってくれてありがとう」


 愛おしい気持ちが爆発的にあふれて離れがたいけれど、岱胡もいい加減、放っておけない。


「岱胡、上げてやらないとそろそろヤバいよな」


「溺れていないよね? なにかあったら大変だよ」


 浮き輪を手に立ちあがると、もうすぐそこまで岱胡が迫っている。

 縄梯子を降ろし、浮き輪を投げてやると、気づいた岱胡がそれにすがりついた。

 さすがに疲れたようで、デッキに上がってくると仰向けに転がっている。


「も~……ホント勘弁してくださいよ~。溺れるかと思ったじゃあないっスかぁ……」


「悪かったな。帰ったらなんかうまいもん作ってやるから」


「マジっすか! やった! けど今回の貸しは、一週間は毎日フルコースでも食べさせてもらわないと割に合わないっスよ?」


「わかったよ」


 麻乃に手渡されたタオルで濡れた髪を拭く岱胡に苦笑してそう返すと、北浜に向けてボートを走らせた。

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