第118話 告白 ~岱胡 1~

「なに考えていやがるんだ!」


 鴇汰の麻乃への第一声はそれだった。

 これについては、岱胡も同じ思いだったからうなずいたけれど――。


 くどい――。

 とにかく鴇汰はくどい。


 延々と麻乃に文句を言っている。

 確かに鴇汰がいう一つ一つは納得がいくし、岱胡も思っていたことだけれど、そんなにいくつも一気に言う必要はあるのか?


「だいたい麻乃は――」


 そこから始まって、最後には「なに考えていやがるんだ!」と、最初に戻る。

 いい加減、しつこいんじゃあなかろうか?

 そう感じていたとき、ふと麻乃が水面に視線を落としていることに気づいた。


 その表情は「もううんざりだ」といっているようにもみえる。

 だろうね。

 まあ、俺もそう思うし。


「だいたい――」


 もう何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しくなってきたとき、岱胡はボートのエンジンを切ると、オールを握って目の前に立つ鴇汰の後頭部に、それを振りおろした。


 ゴン!


 と鈍い音が鳴り、ぐっ、と鴇汰がくぐもった声を出した。

 鴇汰を挟んで向かいに腰をおろしている麻乃が、驚いた顔で岱胡をみている。


「岱胡! てめーいきなりなにすんだ!」


 両手で後頭部を抱えるようにしてさすりながら、鴇汰が振り向いた。


「だって鴇汰さん、もういい加減しつこいっスよ」


「しつこい?」


「そうっスよ。も~、何度も同じこと繰り返して。さすがにくどいっス」


「おまえ――」


「鴇汰さん、そんなことを言うために、わざわざこんなトコまで麻乃さんを追って来たってんスか? 俺まで巻き込んで」


「それは……けど、しょーがねーだろ? 実際、麻乃は……」


「それに、ちゃんと麻乃さんのことをみてます? この人だって、しつこいって思ってますよ」


 岱胡がそういうと、鴇汰は勢いよく麻乃を振り返り、麻乃はバツが悪そうに顔を反らした。


「麻乃さん、さっきからずっと、チラチラ海をみてますよね? 飛び込んで月島にでも逃げようと思ってたっしょ?」


 きっと当たりで、麻乃は視線を落としてうつむいてしまった。

 鴇汰はさらにキッとなって麻乃を睨む。


「ホントか? 麻乃、この期に及んでまだ逃げようって――」


 ヒートアップしそうな鴇汰を、また岱胡はオールでたたいた。


「いって……岱胡! おまえいい加減にしろって!」


「いい加減にするのは鴇汰さんのほうだっていってるっしょ! 鴇汰さん、ホントにそんな文句をいいに来ただけなんスか? 違いますよね?」


 岱胡は麻乃の隣に座ると、その両手を取って向き合った。


「鴇汰さんが言わなきゃいけないのは、自分の気持ちじゃあないんスか? こうやって『麻乃、好きだ』とか『愛している、どこにも行かないでほしい』って。それだけのコトっスよね?」


「う……それは……」


「それに、麻乃さんも麻乃さんッスよ。逃げたってなにも解決しないっしょ? この人が追ってくるのなんて、考えるまでもなくわかることじゃあないっスか」


「だって……あたし……」


 岱胡が握った両手を見つめたまま、麻乃は声のトーンを落として黙る。

 ずっと疑問に思っていたことを、岱胡は思いきって聞いてみた。


「ってか、鴇汰さん、こういうことをちゃんと麻乃さんに言ってます?」


「こういうことってなんだよ?」


「だから! 好きだよ、とか、愛してるよ、ってコトっスよ!」


 鴇汰は真っ赤になって言葉を詰まらせた。

 麻乃はそんな鴇汰を上目遣いに見ると、ぽつりとつぶやいた。


「あたし……そういうことは言われたことない……」


「なっ――! 麻乃! おまえまでなに言いだしてんだよ!」


「だって本当に言われたことないし……」


「やっぱりね……麻乃さん、はっきりしない態度だし、こんなに逃げるし、そんなことじゃあないかと思いましたよ」


 岱胡は思いきり大きくため息をついた。


「なんで言わないんスかねぇ……一番大事なことじゃあないっスか」


「うっ……うるせーよ! そんならおまえはどうなのよ!」


「俺っスか? 俺はいつだって何度だっていいますよ? 愛してるってちゃんと。だって俺が言わないことで、彼女を不安にさせるわけにはいかないじゃあないっスか」


「えっ……そうなの? やだ岱胡、あんた男前だねぇ……」


 賞賛の目を向けてきた麻乃を、鴇汰は苦虫を嚙み潰したような顔で見おろしている。


「俺が気持ちをちゃんと伝えることで彼女が安心するなら、俺は惜しみなく愛してるっていいますよ。こんなの当り前のことじゃあないっスか。ホントにホントの気持ちなんですから。言えないほうがどうかしてますよ」


 胸を張って鼻高々にそういった瞬間、鴇汰に突き飛ばされるようにして、海へと落とされた。


「わっ……ぷ! ちょっと! なにすんスかー!」


「ひと言多いんだよ! 余計なことばっかりいいやがって、ちょっと頭冷やしとけ!」


 鴇汰はエンジンをかけると、落ちた岱胡をそのままにボートを走らせて行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る