第97話 奪還 ~鴇汰 2~

 マドルのロッドが鴇汰に向いた。

 自分が術に弱いことはわかっているけれど、さっきはなにかの術を向けられても、かからなかった。

 今度も強張るような感覚が全身を包むけれど、完全に動けなくなることはない。


「……まだ動くというか!」


 マドルの目が鴇汰を睨む。

 その背後には、いつの間にかロマジェリカと庸儀の兵たちが集まってきている。

 戦士たちがだいぶ倒したと思っていたけれど、まだ城にこれだけの兵が残っていたのか。


 対してこちらは鴇汰と修治だけだ。

 小坂たちがかなり近くまで来ている気配を感じるけれど、その前に一斉に向かってこられたら……。

 麻乃だけは絶対に守らなければ……それに杉山を危険に晒すわけにもいかない。


「鴇汰……動けるか?」


「ああ」


「……麻乃を連れて今度こそ逃げろ」


 ハッとして横に立つ修治をみた。

 下げた刀の柄を握る手が僅かに震えている。


「金縛りか……?」


 修治は身動きが取れないのか、鴇汰の問いにかすかに首を縦に動かした。

 ――最悪の事態だ。

 あっという間に敵兵に周りを取り囲まれてしまい、逃げようもない。

 マドルは車を降りると、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「いくら足掻いたところで無駄だといったでしょう? 貴方がたは邪魔でしかない。ジャセンベルや反同盟派の連中ともども、ここで朽ち果てればいい」


 近づいてくるマドルに向けて虎吼刀を構えた。

 敵兵よりも、ほかの誰よりも、マドルさえ倒せば――。

 鴇汰をみてククッと笑うマドルは、ロッドで地面を数回突いた。


「くっ……」


 体が動かない。

 修治のほうは、今の術のせいなのかガクッと膝を落とした。

 取り囲んでいる敵兵が、さらに距離を詰めてくる。


(このままじゃあ、また麻乃が……)


 身動きが取れないジレンマに叫びだしそうになったとき、大勢の気配と銃声が響き、巧や徳丸が戦士たちを引き連れて現れた。

 暗がりの中にはジャセンベル軍の姿もある。

 反対側からは小坂たちも追いついてきて、鴇汰たちの周りは争う喧騒と混乱に包まれた。

 マドルは大きく舌打ちをした。


「この期に及んでまだ抗うと……どこまでも愚かだ……」


 大きく振り上げたロッドを、さっきよりも強く地面に打ち付けた。

 先端を中心にして円を描くように地面からなにかがフワッと湧き立った。

 喧騒がピタッと止まり、敵も味方も誰もがその場で動かなくなった。


「さっきから何度も言っているはずですよ。なにをしようが、今さら無駄だと」


 マドルの声が周囲に響き、また数歩、鴇汰に近づいてくる。

 手にしたロッドにはめ込まれた石が、街灯のせいか鈍く光っているのがわかった。

 なにかをつぶやいているのか、マドルの唇が動く。


「長田鴇汰。今度こそ終わりだ!」


 マドルの言葉と同時に、鴇汰の耳に鋼の擦れる音が聞こえてきた。

 ロッドが振り上げられ、石の光が炎に変わっている。

 体が動かないのに炎で攻撃などされようものなら、本当に終わりだ。


 鴇汰だけでなく、後ろの麻乃にも危害が及ぶだろう。

 隣の修治も杉山も危ない。

 振りおろされたロッドから、鴇汰に向かって炎が広がる。


 どうにか動こうともがいている鴇汰の横を、風がすり抜けた。

 思わず目を閉じるも、数秒経っても炎の熱も、攻撃された様子も感じない。

 ゆっくりと開いた目の前に、仁王立ちになっている後ろ姿……。


(――麻乃!)


 左手に刀を下げ、麻乃はそのまま車を飛び越えると、マドルの正面に立った。

 右手が腰もとの柄を握り、それを引き抜いて切っ先をマドルに向けた。


(あいつ……あの刀……抜けなかったんじゃあ……)


 マドルが再度、術を放つ。

 広がる炎を麻乃は刀で軽く弾いて往なした。


「無駄だよ。あたしに術は通用しない……何度やっても無駄だ」


「なぜ……なぜ長田鴇汰を庇う! そいつは貴女を傷つけることしかしないじゃあないか! そいつに斬られたことを忘れたというのか!」


 麻乃の顔がわずかに鴇汰に向いた。

 いさかいを起こしたときに、軍部の入り口でしたときのように、顔の輪郭さえも分からないくらい、ほんのわずかに。


「あれはジャセンベル兵だったじゃあないか……鴇汰は……あたしを後ろから斬ったりしない。そう見せたのは……誰だ?」


 そういってまた正面を向いた。

 後ろ姿しか見えないもどかしさに苛まれながらも、麻乃が無事に目を覚ましたことに安堵する。

 背中からわかるのは、本気の気迫だけだ。


 マドルのほうは憎々しげな顔で麻乃をみている。

 なにかをつぶやきながら術を繰り出していくけれど、麻乃はことごとくそれを刀で弾いて消し去った。

 マドルに焦りがあるのか、ロッドを振るう幾度かはなんの術もでないときがある。


「無駄だといっている。このあたしがいる限り、鴇汰には指一本触れさせやしない。もちろん、ほかのみんなにも」


「……馬鹿な! そんなやつらをなぜ庇う! 貴女の血筋を一番有効に使えるのは私だと、なぜわからない! 貴女が添うべきは私だ! 蒼き月の皇子である私の……」


「それは違うよ。キミは蒼き月の皇子ではない」


 鴇汰の背後からクロムの声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る