第98話 奪還 ~梁瀬 4~
梁瀬は柱の陰からマドルが金縛りの術を何度か繰り出したのをみていた。
助けたいジレンマに襲われるも、クロムに止められて手出しができない。
いよいよ、鴇汰もかかってしまい、身動きが取れずにいる。
「クロムさん――! 敵兵が!」
いつの間にかマドルの後ろに相当数の敵兵が控えていたようで、あっという間に鴇汰と修治が囲まれてしまった。
クロムはまだ動かない。
ハラハラしながら様子を見守っていると、徳丸や巧たちが隊員を引き連れて、敵兵と交戦が始まった。
マドルがロッドを振り上げ、広範囲に金縛りをかけたのがわかる。
ロッドの先にある石が鈍く光った。
「――始まる。梁瀬くん、サムくん、杖の準備を。彼をよく見て自分の術を引き取るんだ」
マドルのロッドの先端が燃え、鴇汰に向かって放たれた瞬間、それが梁瀬のものだとわかった。
術式が頭の中に流れ込んでくるのがわかり、それをつぶやいていると、鴇汰の前になにかが飛び出した。
手にした刀で術を弾き、それが梁瀬に向かってくる。
術式を唱えながら、それを杖で巻き取るようにして受け止めた。
「――麻乃さん!」
目を覚まさないといわれていた麻乃が、目を覚ましただけでなく鴇汰たちを庇い、術を往なしている。
麻乃がまた術を弾き、ハッと我に返ると、今度の術はサムに引き込まれていく。
「あれはジャセンベル兵だったじゃあないか……鴇汰は……あたしを後ろから斬ったりしない。そう見せたのは……誰だ?」
鴇汰を庇ったことを責めるマドルに、麻乃はそういって返した。
このもの言いは、暗示が解けたということだ。
ホッと息をつく間もなく、マドルは次々に術を繰り出した。
サムと二人、集中してマドルの口もとが動くのをみた。
不思議なのは、その口が開いた瞬間、術式が直接頭に浮かび、それが自分のものであるとわかることだ。
麻乃が弾いた術を受け止めるたびに、その術をどう使い、自分がなにをすべきなのか理解している。
『二人には強い味方がいるからね』
クロムがそういったのを思い出す。
強い味方はやっぱり麻乃のことで、鴇汰と修治に対してだけでなく、梁瀬とサムにとってもそうなのだとわかった。
手に入れた術の中に、クロムの言う秘術はこれだ、と感じたものがあった。
思わずサムをみると、サムもそれを感じ取ったのか、梁瀬をみて小さくうなずいた。
二人でクロムへ視線を移すと、クロムも気づいたのか、梁瀬とサムの肩に力強く手を置いた。
「無駄だといっている。このあたしがいる限り、鴇汰には指一本触れさせやしない。もちろん、ほかのみんなにも」
麻乃は今、抜けないと言っていた刀を手にしている。
片方は修治の帯刀していた、確か炎魔刀と言われていた刀だ。
修治がいつか、覚醒しないと抜けないと言っていた。
それを手にしているということは、今度こそ、確かに覚醒している。
「……馬鹿な! そんなやつらをなぜ庇う! 貴女の血筋を一番有効に使えるのは私だと、なぜわからない! 貴女が添うべきは私だ! 蒼き月の皇子である私の……」
「それは違うよ。キミは蒼き月の皇子ではない」
マドルが麻乃に向けて叫んでいる中を、クロムが前に歩み出て
鴇汰の背から驚きと戸惑いの感情が溢れるようにみえる。
その背後まで進んだクロムに、マドルが値踏みするような目を向けた。
「違う……? なにを馬鹿な……なにも知らずそんなことを良くも……私のこの目をしっかり見るがいい! この蒼い瞳こそが……」
「まさか瞳の色ごときで、キミが蒼き月の皇子であると本気で思っているのか?」
「……なに?」
「蒼き、という言葉に引かれたんだろうけれど、そうじゃあない。判断されるべきは、その手にする術だ」
「術……だと?」
クロムの言葉に梁瀬は納得した。
梁瀬とサムが賢者としての術を引き取った今、マドルに残っているのは通常で良く術師たちが使う術と、やけに強い回復術、そして傀儡を含む暗示だけだ。
伝承に使われる術は持っていないだろう。
「蒼き月の皇子であるならば……必ず使える、ある術を持っている。それは私たち賢者とともに使う古の術だ」
クロムが両手を広げ、梁瀬とサムを指示した。
「賢者……? 馬鹿な……賢者などとうに私が始末を……!」
マドルは言いかけて、ハッと口をつぐんだ。
「やはり二人の賢者の命を奪ったのはキミか。ようやく見つけた」
クロムはそういって術式を唱えると、円を描くように杖を振った。
強風が吹き抜け、マドルに掛けられた金縛りがすべて解けた。
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