奪還

第92話 奪還 ~梁瀬 1~

 梁瀬の隊員たちに回復術を施してもらい、すっかり回復した。

 サムのほうも、反同盟派の術師たちに術を施してもらっているけれど、まだ目を覚ます様子はみえない。


 クロムと一緒に高田と今後の手順を決めながら、街じゅうに散っている戦士たちと式神で状況の確認をとった。


「私はサムくんの様子をみてくるよ」


「すみません、お願いします」


 クロムが出ていって少しすると、外でざわめきが起こった。

 巧と岱胡がテントに顔を出す。


「どうだった?」


「岱胡がしっかりやってくれたわ」


「良かった……」


 ホッとしたのも束の間で、岱胡の話しでは、麻乃の術は解けたようだけれど目を覚まさないらしい。


 穂高が式神で確認したようで、麻乃の状態を心配している。

 西浜戦のときから術にかかっていたとなると、結構な日数だ。

 みんなが心配するのもわかる。


「はっきりとは言えないけれど……僕は鴇汰さんがいる限り、きっと大丈夫だと思う」


 確証はない。

 ただ、そう思うのは、単なる希望だけではない。

 泉の森から巫女たちの祝詞が聞こえてきた。

 唱和がまるで歌声のように聞こえる。


「梁瀬くん、少しいいかな?」


 クロムが顔を出し、梁瀬は呼び出されてテントを出た。

 おもてにはサムも待っていて、三人でテントのはしに身を寄せた。

 これから西浜へのルートに出てくるマドルのところへ、賢者の秘術を返してもらいに行くという。


 梁瀬とサムはもちろんのこと、クロムもそれぞれの秘術については知らないと言っていた。

 それをどうやって返してもらうというのだろう。

 術式さえも分からないのに可能なのか問うと、マドルは必ずそれらを使うから大丈夫だといった。


「ここが、最終局面だからだ」


 と――。

 泉翔を手に入れ、ここを足掛かりに大陸へ戻るにしても、まずは麻乃を再度、手に入れなければ話しは進まないだろう。

 今、鴇汰と修治が麻乃の中央侵入を阻んでいるとしたら、マドルは必ずそこへ向かう。


 秘術がどんなものかわからないけれど、鴇汰も修治もきっとかかってしまうだろう。

 特に、鴇汰は術に弱い。


 サムが返してもらう方法がわからないというと、クロムはマドルが術を使った時点で、それが自分のものだとわかるといった。

 だからマドルが唱えた術式を、そのまま繰り返せばいいという。


 梁瀬はクロムに貰った本で、いろいろな術を試したことを思い出していた。

 沁み込むように吸収できた感覚と、自分の中に眠っていたものを揺り起こす感覚。

 きっと、それらと同じなんだろう。


 サムは少し不安そうにしているけれど、梁瀬が渡した本を試しているのだから、感覚はわかるはずだ。

 クロムにもそれがわかっているんだろう。


 ただ……。


「マドルが術を唱えて放ってから、僕たちがそれを唱えるまでに僅かな時間のズレがありますよね?」


「そうだね」


「術が放たれてしまったら、それはそのまま鴇汰さんや修治さんに……」


「それは心配しなくても大丈夫だよ。二人には強い味方がいるからね」


 クロムは西浜の方角へ目を向けている。

 味方というのは麻乃のことだろう。

 穂高の話しでは、意識を失ったままらしい。

 マドルが現れるときには目を覚ますだろうか……?


 隣のテントからまたざわめきが聞こえてきた。

 目を向けると、徳丸が隊員たちやジャセンベル兵と戻ってきたところだ。

 捕らえた庸儀の兵たちも連れている。


「あれは……赤髪の女の側近たちじゃ……」


「……確かに、顔に覚えがありますね」


 梁瀬のつぶやきに、サムも反応した。

 なぜ徳丸は、彼らを浜へ戻さずにここへ連れてきたのか。


「なにか理由があるのかもしれない。私たちも様子を見にいこう」


 クロムに促され、梁瀬とサムも徳丸のところへ向かった。

 徳丸は高田に、庸儀の兵たちが麻乃の存在をどう思っているのか話している。

 それを聞いて梁瀬は驚いた。


 ケインもレイファーに同じような説明をしている。

 巧と穂高、岱胡もそれを聞いて、複雑そうな表情を浮かべていた。


「あの男……彼らに一体、なにを言ったんでしょうね?」


 サムのつぶやきに、梁瀬は式神を使い、庸儀の軍部を探っていたときのことを思い出していた。

 あのとき、数十名の雑兵を相手に、マドルがなにやら言っていた。

 よく見れば、捕らえられた兵たちは全員、あの場に確かにいた。


「きっとあのときだ。なにを言っていたのか聞けなかったのが痛いなぁ……」


「まあ、あの男のことです。どうせありもしないことを言ったのでしょう。あの男は耳障りのいいことを並び立て、平然と人を騙す」


 サムは忌々しそうな顔をして、吐き捨てるようにいった。

 徳丸の話しを聞き終えた高田が腕を組んだまま、庸儀の兵たちの前に立った。

 瞬間、テント内に恐ろしいほどの威圧感が溢れている。


 息が詰まりそうなほどの雰囲気に、全員の目が高田に向いた。

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