第93話 奪還 ~梁瀬 2~
敵陣に連れ込まれても物怖じしない態度だった庸儀の兵たちも、高田の圧にのみ込まれているようにみえた。
梁瀬自身も高田のことは遠目で見たことはあっても、実際に話しをしたのは、ここへきて初めてになる。
重厚な雰囲気ではあったけれど、さすがの存在感だ。
「おまえたち、ロマジェリカの軍師から麻乃について、なにを聞いている?」
口調は丁寧でありながら、答えないことを許さないような雰囲気を醸し出している。
徳丸もなかなか圧は強いけれど、足もとにも及ばない。
庸儀の兵たちは、自分たちが問われているのを疑問に感じているようで、それぞれ顔を見合わせている。
「なぜ、私たちが麻乃に危害を与えると思ったのだ?」
答えようとしない庸儀の兵たちに、高田は再度、問いかけた。
「麻乃が希望というのは、どういうことなのか説明してもらおうか」
「それは、あの人が大陸を変えようとしているからだ」
先頭にいた兵がそういった。
赤髪の女……確か、ジェという名だったか。
その女の側近だ。
「麻乃が大陸を……? それはなんの話しだ?」
高田の後ろにいた徳丸が側近の男に詰め寄った。
「あの人は、ここを足掛かりにジャセンベルを討ち、大陸を統一して恵みをもたらす土地に変えようとしている!」
「きさまたちは、それを邪魔しようと企てて、あの人を排除しようとしているんじゃあないのか!」
あまりにも突拍子のないセリフに梁瀬だけではなく、全員が言葉を継げずにいた。
レイファーとケイン、ピーターの三人だけが憤慨した様子で庸儀の兵たちに突きかかっていく。
「我が国を討つだと? 同盟三国のどこにそんな余力が残っているという!」
「ロマジェリカも庸儀も、既に我々が手中に収めているんだ!」
「この泉翔でも相当な兵数を失っていながら、敵うとでも思ったか!」
三人の言いように、庸儀の兵たちの顔色が変わった。
ジャセンベルが既に統一を果たしていようなどと、夢にも思っていなかったのだろう。
「馬鹿な……国境沿いにも兵は配備してあったはず……」
「そう簡単にやられるなど……」
呆然とする庸儀の兵にレイファーが追い打ちをかけた。
「あれしきの兵数しか残さず、我が国に太刀打ちできると本気で思ったか?」
「あの男……マドルはもとより国を捨てるつもりでいたでしょう。あなたがたは気づかなかったのですか?」
サムは大陸でも同じことを言った。
式神があまりにも簡単に通れると。
「最も、この泉翔を奪ってから、戻ってくるつもりだったのは間違いないのでしょうが……」
「それに……泉翔を足掛かりに大陸へ討って出るって、それは麻乃さん自身が自分の口で、はっきりそういったの?」
梁瀬は一番の疑問を投げかけた。
庸儀の兵たちはうつむいたままだ。
「いや……言ったのはマドルだ……あの人からはなにも聞いていない」
「だろうね」
梁瀬は大きくため息をついた。
麻乃が、ここを足掛かりにしてジャセンベルを討つなど、とんでもない妄言だ。
「この泉翔において、大陸への侵攻は禁忌とされている。麻乃は誰よりもそのことをわかっている」
そういって高田も半ば呆れた様子で庸儀の兵たちを見回した。
「おまえたちが聞かされた大陸の統一など、その最たるだ。本人から聞いたのでなければ、そんなものは出まかせにすぎないだろう」
「出まかせ? ならばどうしてあの人は、この国へ攻め入る?」
「おまえたちの軍師が、麻乃のやつに暗示をかけやがったからだろうが」
徳丸に凄まれ、庸儀の兵たちは言葉を詰まらせると、また考え込むようにうな垂れている。
ジェの側近であったはずの兵たちは、なにを思って麻乃を案じているのか。
「あんたたちは私たちが麻乃に危害を加えると思っているらしいけど、そうじゃあないわ」
「そうっスよ。俺たちはマドルの野郎にいいように操られている麻乃さんを、取り戻すために動いているんスから」
岱胡の言葉に兵たちがざわめいた。
なにに反応したんだろうか。
先頭の男を中心に、数人がヒソヒソとなにかを話し合っている。
「あの人が操られているというのは、どういうことだ?」
先頭の男が顔をあげて高田に問いかけた。
高田は大きく息を吐き、庸儀の兵たちを眺め見た。
「ロマジェリカの軍師が泉翔を潰すべく、麻乃に暗示をかけたのだ」
高田はマドルが暗示を使い、泉翔が禁忌である大陸侵攻を目論んでいるように見せかけたことを話した。
現時点でわかっているのは、鬼神の力を利用して泉翔を潰そうとしていることだけだ。
ただ、マドルにはそれ以外にもなにか思惑がありそうな気がする、と。
「おまえたちが信じるも信じないも、それは自由だ。だが私たちはこれ以上、麻乃をいいように利用させるつもりはない。それだけは覚えておけ」
庸儀の兵たちは高田の言葉に黙りこくったままだ。
レイファーが彼らを浜へ連れていくよう、ジャセンベル兵たちに指示を出している。
「大体の事情はつかめたかな。梁瀬くん、サムくん、ここは高田に任せ、私たちもそろそろ行こう」
「そうですね。ここでもたついてマドルを藤川と接触させるのは、こちらにとって良くないでしょう」
二人に促され、梁瀬は杖を握りしめると、この場を離れた。
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