第72話 阻害 ~梁瀬 2~
どのくらい待っただろう。
神田に集めてもらった梁瀬の隊員たちに、すぐに回復術を施してもらい、今は疲労感もなく万全の状態だ。
術を返したあとには、神田たちとともに西浜に残り、ジャセンベル軍と協力しあって後処理を進めるよう指示をした。
その際におおよそで六時間程度は術が使えないことも説明しておく。
梁瀬の二番部隊は術師の部隊だ。
刀や小太刀を使えるとはいえ、若干不安そうにもみえる。
「術が使えないのは僕も不安だけれど、通常の防衛戦を思えば、みんな腕前のほどは確かだから。ジャセンベル軍も頼りになる。四番と七番のみんなと協力してうまくやって」
「わかりました」
梁瀬自身は、クリフに頼んで車で中央へ向かうつもりでいる。
疲労がどの程度になるのかわからないし、可能なかぎり早く中央へたどり着かなければと思うからだ。
「梁瀬隊長、鈴の音が聞こえませんか?」
隊員の一人である
梁瀬の耳に届いたのは鈴の音ではなく、水の巻きあがるような音と、強い風が木々の枝を揺さぶる音だ。
「――返しが来る!」
クロムが呼ぶように肩に手をおいた気がした。
サムとも繋がっているのがわかる。
突然、中央から強い風が向かってくるのを感じた。
両手で杖を握り、頭上に掲げる。
三人の掲げた杖が円で繋がり、まるで結界のように風を受け止めた。
あまりの勢いに杖が吹き飛ばされそうだ。
「……くっ!」
力を込めて握った手をみつめ、二つ目の呪文を唱えた。
渾身の力で杖を振りおろす。
そのまま梁瀬は前のめりに崩れて倒れた。
「梁瀬隊長!」
「――大丈夫ですか!」
駆け寄ってきた隊員たちに支えられて、梁瀬は仰向けに岩へ寝転ぶと、空を仰いだ。
大きな仕事をなし終えた気分にホッと大きく息をつく。
まだ気は抜けないし油断もできない。
中央へ向かってからが本当の勝負だけれど、たった今は、術をうまく使えた自分を褒めたい。
「大丈夫。ただ、疲労感がすごいよ……でも六時間は猶予があるからね。そのあいだに少しでも回復しないと……」
「うちの隊も、恐らく半数は中央へ戻ったはずです。この術の効力が切れたら、そちらで回復を」
「わかった。ありがたくそうさせてもらうよ」
中央へ向かうルートの入り口で、クリフが車の準備を終えたのか、梁瀬を呼ぶ。
隊員たちに肩を借りて車に乗り込んだ。
「それじゃあ、僕は行くけれど、くれぐれも後のことを頼むね」
「はい!」
走り出してしばらくすると、道の真ん中で手を振る小坂の姿があった。
クリフが車を止め、後続の車も次々に止まった。
「笠原隊長! ちょうど良かった……今、浜へ向かうところでした」
「なにかあった? まさか鴇汰さんと修治さんになにか……」
「みんな無事です。無事ではあるんですが……」
術の放たれる少し前に、麻乃と対峙した鴇汰が怪我を負ったという。
怪我は回復術で治っているけれど、痛みが残っていてまだ思うように動けないらしい。
クリフの指示でジャセンベル兵が森へ入り、鴇汰と修治、洸を迎えにいった。
「回復術って……一体誰が……?」
「それが……長田隊長が回復術を使って……」
「え? だって鴇汰さんはまったく術は使えないんじゃ……」
そういっているあいだに、ジャセンベル兵に支えられて三人が森から出てきた。
鴇汰も修治も血まみれで驚いたけれど、駆け寄る体力がなく、車の後部席から軽く手をあげるだけにとどまった。
クリフの車に鴇汰と修治を乗せ、小坂と洸はジャセンベル兵の車へと乗り込んだ。
すぐに車が走り出す。
「麻乃が中央へ向かっているんだよ。それよりも早く、中央へ着かなきゃなんねーんだ」
「麻乃さんが? 術は解けなかったってこと?」
梁瀬は愕然とした。
あんなにも強い術を放ったのに、それでも暗示は解けなかったというのか?
「いや、それはまだわからない。麻乃が俺たちのもとを離れたのは、術が放たれる前だった」
「ただ……麻乃の中に、マドルの野郎がいたんだ」
「麻乃さんの中に……? それは……」
言いかけて、サムが大陸で言ったことを思い出した。
(他の暗示とはわけが違う。離れていても様子がうかがえるだけじゃありません。あれは干渉を許す)
干渉とは、単純に傀儡のように操るだけだと思っていたけれど、同化できるということだったのか。
(干渉されていたのが原因で、いきなり失敗する可能性もある)
サムはそうも言っていた。
まさか本当に、それが原因で失敗したのだろうか?
「麻乃の瞳の奥でなにかが揺らいだように見えたのよ。あいつが俺を刺す瞬間、雰囲気が変わって……」
「刺された! 傷は大丈夫なの!」
「治したから大丈夫だよ。まだいてーけどな」
「治したって……そうだ! 鴇汰さんは術は……」
「うん。まあ、あんまり気にすんな」
隣に座っている鴇汰の顔をみた。
ロマジェリカ人特有の琥珀色の瞳が、以前よりも色濃くみえる。
琥珀というより金色に近い。
「鴇汰さん……」
「言うなよ。俺もわかっているから」
真っすぐ前を見つめたまま、鴇汰は小さく呟いた。
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