進軍

第60話 進軍 ~マドル 1~

 視線を感じて砂浜の端にある丘を見上げた。

 その場所に銃を扱う部隊が潜んでいるはずだ。

 やつらのおかげで早いうちに兵力を削がれてしまった。


 ジェを呼ぶと、丘を示し、数部隊差し向けるよう頼んだ。

 マドルを見下ろしているのは、恐らく泉翔の士官だろう。

 位置と銃撃から考えると、長谷川に違いない。

 これから自分たちの居場所を攻撃されるとわかってか、焦りを含んだような視線だ。


 昨日、上陸をしてきたときに受けた様子では、そう大人数ではないようだ。

 向かっていった兵数を思えば、たやすくつぶせる。

 式神を出すためにロッドを手にして揺らした。

 丘を見上げ、マドルを見ている視線を見つめ返す。


 泉翔が落ちるのは時間の問題で、止めようなどないだろう。

 抗ったところでどうにもならないこともあると、その身をもって知るといい。


「……精々足掻け」


 そう呟いてからロッドを軽く前方に振った。

 殺気を感じ、銃声が響く。

 マドルは式神の馬に飛び乗ると中央へのルートへは入らずに、堤防を越えて森へ走った。


 中央へ早くたどり着くには、中央へ向かうルートか戦士たちが使う抜け道を行くほうがいい。

 ただ、それは平時のときであって、今は侵攻中だ。

 多くの庸儀軍が足を進めているルートでは、そこかしこで戦闘になっているだろう。


 抜け道はそれこそ戦士たちが移動で盛んに行き来をしているかもしれない。

 単騎で進むには、どちらのルートも一人では危険すぎる。

 気配を探りながら森を行くほうが早く進めるはずだ。


 それに――。


 先に進軍しているコウたちに追いつき、その様子も確認したい。

 可能なかぎりスピードを上げて走った。

 幸い泉翔の戦士には遭遇しなかったけれど、途中、庸儀の兵たちが森の中へ入り込んでいるのを見た。


 交戦を避けてルートを逸れてきたんだろう。

 勝手のわからない場所で、どこへ行こうというのか。


(土地勘もないのに……庸儀の兵は本当に思慮が浅い……)


 迷おうが遭難しようが、もうマドルの知ったことではない。

 ジェもようやく離れてくれたし、ここからは自分のなすべきことを粛々と遂行していけばいい。


 コウたちを探して時折止まってルートを見る。

 泉翔の戦士たちと交戦している中に、その姿はみえない。

 思っているより先へ進んでいるようだから、夜間も多少、進軍したのかもしれない。

 また駆けだそうとしたとき、海岸から突風が吹き抜けた。


「今のは……」


 ザラリとした嫌な感触を覚える。これはなんらかの術だ。

 ただ、これまでに感じたことのない嫌な感覚だ。

 これを使ったのは一体誰だ。


 いつの間にか結界を張り直されていたのを考えると、泉翔の巫女たちだろうか。

 術を向けられたとき、おおよその感覚でなにを使われたかわかるのに、今のはまるでわからなかった。

 まさか、この泉翔でマドルより力のある術師はいないだろう。

 そんな相手がいれば、これまでに気づかないはずがないし、印をつけたものたちと同調しているときに耳にしたはずだ。


 蓮華の梁瀬にしても、マドル以上の力を感じることはなかったし、庸儀で始末をつけたはず……。

 嫌な予感が拭いきれず、ルートへと近づいた。

 交戦している様子を木陰から窺った。


(……暗示が解けている?)


 怯むことなく向かっていくはずの雑兵たちが、泉翔の戦士たちの勢いに飲まれ次々に倒されていく。


 さっきの術は暗示を解く術か――!


 庸儀の使える兵たちは暗示にはかかっていないから問題はないが、盾となる暗示をかけた兵が減るのは痛い。

 海岸の方角から風が通り抜けたことを考えると、この術師は南の浜にいるのだろうか。


 だとすると、これから中央へ向かってくるだろう。

 マドルは麻乃だけではなく、この術師よりも早く中央へたどり着かなければならなくなった。

 急いでコウたちを探し出し、中央で城を占拠したうえで術師を待ち構えなければ。

 手綱を握り直し、またスピードを上げて馬を走らせた。


 進んでいく途中でルートを確認した何度目かのとき、コウたちと一緒に打ち合わせの場にいた雑兵たちを確認した。

 ほかの兵が使っていたであろう車をどこかのタイミングで手に入れたようで、半数は無傷でいるようだ。


 泉翔の戦士たちは所々で分散していて、大隊や中隊を少しずつ相手にしている。

 さらに進んでいくと、ようやくコウやハンの姿がみえた。

 後方から分断されているおかげで先頭をいくコウたちは、襲撃の難を逃れて進めているのか。


 先にみかけた雑兵とは別で、後陣の騎兵が乗り入れたらしい馬を手に入れている。

 おかげで思ったよりも進んでいるし、ここへ来るまで暗示にかかった兵たちと一緒だったからか、うまく盾にしてほぼ無傷のようにみえる。

 ある程度の怪我にはマドルの側近が回復術で対応していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る