第58話 焦燥 ~鴇汰 2~

 麻乃を追って森に入ったものの、鴇汰は不安しかなかった。

 ここで追いついたとして、鴇汰が相当踏ん張らなければ、修治や小坂だけでなく洸まで危ない。


 引き戻すにしても、あんなにも頑なに鴇汰たちを拒絶する麻乃に、なにを言えばいいのかがわからない。

 それでも、そのままにはしておけない。

 なるべく早く追いつき、時間を稼がなければ。


(中央に着くまでに梁瀬さんの術が通れば……)


 茂みをかき分けて進んだ先に、暗示の解けたらしいロマジェリカの小隊が飛び出してきた。

 相手にするには鬼灯では対応しきれない。

 鴇汰は背負った虎吼刀を抜き、小隊を迎え撃った。


「修治! あんたは手を出すな! 小坂も無理をするな」


「俺は大丈夫です!」


 ざっと数えると三十人ほどだ。

 小坂に無理はさせられないと、ロマジェリカ兵を引き寄せてから、四、五人ずつ一気に倒した。

 こんな程度の人数ならば、鴇汰一人でも対応できる。

 どうやら全員が雑兵のようだ。


 それに、虎吼刀はやっぱり鬼灯よりもしっくりくる。

 そう思ったのを感じ取ったかのように腰もとが熱を帯びてきた。

 さっさと倒して麻乃のところへ向かえと言っているみたいだ。

 逸る気持ちに押されながら、一気に敵兵を倒しきった。

 今日は……たった今は、いつもより体が動く気がする。


「長田さん! 後ろ!」


 洸の叫びにハッと振り返る。

 まだ一人残っていた。

 敵兵の振りおろした剣を避けようと虎吼刀を掲げた瞬間、修治の刀が敵兵の体を貫いた。


「詰めが甘いぞ、鴇汰」


「悪い。油断していた」


 傷が痛むだろうはずなのに、修治はそれを億尾にもださない。

 いつものスカした表情だ。


「こんな場所からルートを逸れた連中がいるか……この先はもっといる可能性もあるな」


「ああ。逸れてから暗示が解けたんだとすると、ルートの方角がわからなくて、奥に迷い込むやつらもいるんじゃねーかな」


「まったく……厄介な連中ですね……対応はどうしますか?」


「今はまず麻乃だ。遭遇した場合は倒すしかないが、探りにいっている時間はない」


「そうだな。先を急ごう」


 さっき豊浦たちがいたのは二つ目の拠点だった。

 今、どのあたりなんだろうか。

 修治は鬼灯を奪いに来ると言ったけれど、このまま麻乃は中央まで逃げるつもりなんだろうか。

 それだけは、なんとか阻止したい。


 嫌な想像ばかりが浮かんできて、考えをまとめたいのに、次々とロマジェリカ兵に遭遇して思考が定まらない。


「くそっ! こいつらまたか! なんだって次々に森へ入ってきやがるんだ」


「まさか、こっちの戦力を分散させるために、そんな指示が出されているんでしょうか」


 たった今、新たに遭遇した小隊をすべて倒しきり、誰に言うともなしに呟くと小坂がそう答えた。


「ありえないわけじゃねーだろうけど、ルートから逸れるやつらが多すぎじゃあないか?」


「確かにそうですね……拠点で足止めされたにしても、詰めているやつらがこれだけの人数を放っておくとは思えません」


「中隊とまではいかねーけど、結構な人数を倒したよな」


「はい。それに、この先にもまだいそうな気がします」


「だよな。修治、あんたはどう思う?」


 洸のほうを振り返って修治の姿を探す。


「え……あいつどこに行ったのよ?」


 ついさっきまで、洸と一緒にいたはずの修治の姿がない。

 洸もキョロキョロと周囲を見回している。


「えっと……さっきまでは確かにここに……」


「長田隊長……まさか、うちの隊長が……」


 小坂が血の気の引いた顔で呟いた。

 鴇汰たちがロマジェリカ兵を相手にしているあいだに、麻乃の姿を見つけて追っていったんだろうか。


 あんな怪我で……?


 敵兵に遭遇している中で洸もいて、小坂と手分けをして探すなどできない。

 かといって、どこへ向かったのかもわからないのでは、探しようもない。


「修治の野郎……こんなときになんだって勝手な真似をしやがるんだ!」


「と……とりあえず中央への方角へ進みましょう。戻ることはありえない気がします。気配を手繰るのは得意ではありませんが……」


「そうだな。俺も得意とは言えねーけど、慎重に探ろう」


 洸を背中に庇いながら小坂と二人、気配を手繰りながら先へと足を運んだ。

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