第56話 焦燥 ~岱胡 2~

 しばらくルートから離れていた道は、この先でまた少しのあいだ近づく。

 あれだけ庸儀の兵が森に迷い込んでいたから、これからもっと増えるかもしれないと思って岱胡は首に下げたままのスコープをつけた。


 倍率を最大にしてルートの方角をチェックする。

 かなり先にマドルの姿を捉えてハッとした。


「あの野郎だ……もうこんなところまで……森本、車止めて」


 このまま進むと、マドルのかなり近くを通ることになる。

 気づかれてなにか術を繰り出されると危ない。

 森本もスコープをつけ、岱胡と同じ方向に目を向けた。


「あー……あの位置にいられると面倒ですね。せめてもう少し先へ進んでくれるか、いっそルートに降りてくれりゃあいいのに……」


「近づいてどんな攻撃されるかわからないしね。時間が惜しいけどしばらく様子見をしよう」


 思いきって撃ってしまおうかとも思った。

 外す気はしないけれど、今ここで仕留めてしまうのはなにかマズい気がした。

 この先、違う場面で対峙するような予感めいた感覚が胸をよぎる。


 ルートを見下ろすようにして留まっていたマドルは、ようやく中央へと向かって馬を走らせた。

 岱胡と同じ抜け道へ出てきたら、先へ進みようがないと心配したけれど、どうやらそのまま森を抜けていくようだ。

 森本はソロソロと車を動かし、抜け道がマドルから遠ざかったところでまたスピードを上げた。


「やつは森の中を行くみたいですね。これなら多分、先に中央へ着けますね」


「こっちに出てこなくて良かったよ。先陣の庸儀は間違いなくこの先まで進んでるね。そうじゃなければ、あの野郎がルート眺めてるわけないだろうし」


「またこっちまで入り込んでいるんですかね? いい加減、鬱陶しいですね」


「まあね。しょうがないよ。中央に着いたら報告しておけば後からどうとでもなる」


 その後も庸儀の兵と遭遇したときは足止めに徹した。

 中央が近づくほどに奇妙な気配が濃くなっていくような気がして身震いする。


 後陣が動きだしてからだいぶ経つ。

 日もずいぶんと高くまで昇った。

 スコープを外して時計をみると、十時を回ったところだ。

 思ったよりも時間が経っている。


「まさかとは思うけど、もう先陣は中央に入り込んでいるのかな」


「微妙なところですね。仮に中央へたどり着いていたとして、中央に残った班と拠点を引き揚げてきたやつらがきっと、城へ追い込んでいるでしょう」


「となると、加賀野さんやうちの先生は、泉の森に待機しているか……」


「それじゃあ、このままルートには戻らずに直接、泉の森へ向かいます」


 森本はルートと繋がるのとは反対の花丘へ通じる抜け道へ入った。


「あいつ、引き離したと思ったのにもうこんなところまで来てますね」


「えっ?」


 あわててスコープを着けて後ろを振り返ると、ルートへ繋がる道の先に、またマドルの姿が見えて驚いた。

 馬はどうやら式神らしい。

 本物とは違うから、スタミナ切れにはならないんだろうか?


 妙に早いのが気になるけれど、南浜でサムが、麻乃を待たせるわけにはいかないだろうから、最短で中央へ向かうだろうと言っていた。

 やつもきっと急いでいるんだろう。


 中央に着いたとして、マドル一人ではなにもしようがないはずだ。

 しばしばルートの様子をうかがっているのは進軍してくる部隊を確認しているからか。

 どのくらいの部隊数を率いてくるつもりなのか。


「あいつが数部隊を引き連れてきたとして、大人しく城へ追い込まれてくれるかな」


「難しくはないと思います。どのみち城を占拠するくらいしかできないでしょうしね」


「それもそうか……」


「そろそろ花丘です。まずは急いで泉の森へ行きましょう」


 岱胡は黙ったままでうなずいてそれに答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る