第40話 憂慮 ~梁瀬 2~

 先陣はどこまで進んでいるんだろう。

 その中に、暗示にかけられた敵兵はどのくらいいるのか。

 暗示が解けたからと言って、被害が出ないわけじゃあないのは承知している。

 それでも、最小限には抑えられるはずだ。


 大石たちがジャセンベル兵を引き連れて先へ足を延ばすことで、短時間でルートの進軍も止められるだろう。

 二度目の術を返したあとに術師が機能しなくなるのであれば、中央に着く前に敵兵の多くを喰い止められる。


 梁瀬は神田を呼び、ロマジェリカを鎮圧したあとの処理の流れ、次に術を放つタイミングまでの行動、そのあとの中央への移動手段を話し合った。

 ロマジェリカのものでも構わないから、車も数台は確保するように指示をしておく。

 全員とまではいかなくても、まとまった人数を速やかに移動させたい。


 本当は砦の様子も気になるけれど、状況が状況だけに人をやるわけにはいかず、消耗を少しでも抑えるために式神を使うこともできない。

 一緒にいるジャセンベル兵に頼むことも可能だけれど、事情を知らない彼らには知らないままでいてほしいと思った。


 なにかあればきっと穂高から連絡が入るだろう。

 ジレンマを感じながらも、今はみんなを信じて待つしかない。


(術が返ってきてから……そこからが本当の勝負だ)


 力の出し惜しみをするつもりもないし、できるかぎりのすべてを出し尽くす覚悟はある。

 それでも麻乃のことだけはどうにも計り知れない。

 大丈夫だろうという思いと術が効かないのではないかという不安に駆られる。

 梁瀬は祈るような思いで、そっと杖を胸に抱いた。


「きっと大丈夫ですよ」


「えっ……?」


 声をかけられて振り返ると、最初に梁瀬が書きつけを渡したジャセンベル人が立っていた。

 彼の指示なのか、一緒にいた他のジャセンベル人は離れた岩場の向こうで近づいてくるロマジェリカ兵を退けている。


「俺はずっと以前から、一度でいいからこの国を見てみたい、来てみたいと思っていました」


「それはどうして?」


 梁瀬の問いかけには答えず、目を細めてゆっくり島を眺めている彼の姿は、一見すると泉翔人だ。

 きっと混血なのだろう。それがゆえに泉翔に特別な思いを抱いているのか。


「こんな状況ですが、ここに来ることができて本当に良かった。想像を遥かに上回る自然のあふれる素敵な国で……それだけではなく、きっと人々もそうなのでしょうね」


「キミは一体……」


「父や祖父、いえ、もっと昔からずっと守ってきたものがどんなものなのか、やっと知ることができました」


 梁瀬はそこでやっと、クロムの言っていた諜報の人々を思い出した。

 彼の口ぶりだと本当に昔から大陸に残り、泉翔から渡ってくる諜報員の後押しをしていたのだろう。


 巧たちの送り迎えをしていたのも、それがあったからだ。

 単純に焦がれているだけではなく、様々な思いを抱えているに違いない。


「それじゃあ、キミは泉翔の諜報を……」


 彼はそっと自分の唇に人差し指を当てて、小さくうなずいてみせた。

 この先、泉翔が大陸と友好関係を築いていくとしても、彼らの立場はなんら変わることはないのだろう。

 それを思えば、周囲に彼が諜報活動をしていたと知られるのは危険なことだ。


 大陸名をクリフと名乗った彼は泉翔名も持ち合わせていた。

 英介えいすけと言うらしい。

 名を二つ持っているのは梁瀬も同じで変に親近感が湧いた。


「俺はジャセンベルを嫌いではありません。ですが、泉翔こそが自分の国だと思っています。そしてこの国に対する思いは、あなたがたのそれに引けは取りません」


「うん、そうだろうね」


「今回、俺と同じ立場のものも、何人かいるでしょう。古い泉翔の伝承もみんなが知っています。そのうえでできるかぎりのことをするつもりでいます。ですから、きっとなにもかも、うまく行きます。なにしろこれだけの思いがこもっているんですから……」


 そう言うと、岩場の向こうの兵士たちに大声で指示を出しながら片腕を上げた。

 上空から舞い降りてきた鳥がその腕にとまる。

 その鳥を数秒見つめたあと、クリフは梁瀬を振り返った。


「北側の浜も、まもなく制圧されるそうです」


 ニッコリとほほ笑み、そう告げた。

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