第39話 憂慮 ~梁瀬 1~

 準備がすっかり遅くなってしまった。

 穂高とレイファーを見送ったあと、梁瀬は急いで海岸へ降り立った。


(浜へ戻ったら誰かに見せればいいと言ってたけど……この混乱の中、誰に声をかけたらいいんだろう?)


 レイファーの書き付けを持ったまま、どうしたものかとウロウロしていると、大陸で巧と穂高の送り迎えをしていたジャセンベル人を見つけた。

 早速、声をかけて書きつけを見せると、それを読んだ彼はすぐに指揮官に話しを通してくれ、彼自身の小隊を梁瀬につけてくれた。


「ありがとう、面倒をかけるけどよろしくね」


「いえ。こちらこそ勝手がわからず手間を取らせてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」


 そう言ってくれた。

 これで術を使ってから待機している間の防衛も、連絡のやり取りもスムーズに進められる。

 取り急ぎ岩場沿いを島の先端に向かって走り、戦線から離れた人けのない場所へと移動した。


 杖を持つ右手を沖に向けると、水平線をなぞるように横へ移動させ、頭の中で術を唱えたときのことを思い浮かべた。

 不意に、泉翔の島を二周りほど大きく取り巻くイメージが浮かんできた。


 クロムとサムとは島全体に術を、と相談して決めていた。

 それが今、ここで広く範囲を取ろうと考えたのは、恐らく二人もそう思っているからに違いない。


(遅くなってしまってすみませんでした。ようやく、準備が整いました)


 ヘイトの国境沿いで感じたときと同じように、隣にクロムとサムが立っているような気がする。息遣いまで感じるほどに。


 二人のことを待たせてしまった。

 サムは特に、ヘイトの仲間たちを思って焦れていたことだろう。

 クロムにもらったメモに書かれた暗示を解く術をゆっくりと唱える。

 杖の先からユラユラと陽炎のように空気が揺れ始め、沖に向かって広がっていく。

 一言一言、発するほどに二人との距離が近づいていくような気がする。


(この術は……絶対に成功させなければいけない)


 気負っている、と麻乃は良くみんなに言われていた。

 梁瀬自身も麻乃に対してそう感じることが多々あった。

 似たような立場になって、ようやくそのころの麻乃の気持ちが少しずつわかってきた。


(そうしなければ、どうしようもないことが……意外とたくさんあるものなんだなぁ……)


  今なら、こうしてわかる今ならば、あのころとは違う言葉を麻乃にかけてやれるんじゃあないだろうか。


(ねぇ。麻乃さん。暗示が解けたら、僕は麻乃さんに話したいことも聞きたいことも、たくさんあるよ……だから早く戻っておいで)


 なにができるわけじゃない。

 なにをしてほしいわけでもない。


 鴇汰のような恋愛感情があるのでも、修治のような家族同様の思いがあるのでもないけれど……。


 麻乃だけにではない。

 徳丸や巧、修治、鴇汰、穂高に岱胡。歳は違えど、この繋がりには特別な感情が沸き立ってくる。

 単なる仲間意識だけじゃあなく、こういう気持ちをなんというのだろう。


(あえて言うなら友情――?)


 嘘臭い恥ずかしいセリフだと思いながら、笑いが込み上げて来た。

 最後の一文を唱え、杖を上げた。隣に感じるクロムとサムの気配も同じタイミングで動く。

 そのまま中央へ向けて、一気に杖を振り下ろした。


 大陸のときとは違って、今度は島の外側から中央へ向かって強い風が吹き抜けた。

 体の中をなにかが通り抜けたような感覚は、以前と同じだ。

 消耗は前回よりも激しかったようで、軽い目眩に思わずその場に座り込んでしまった。

 風のせいか岩場を打つ波の飛沫が強くなり、梁瀬はジャセンベル兵に腕を引かれて波の届かない辺りまで移動をした。


「笠原隊長!」


 呼び声に振り返ると、麻乃の部隊の大石が駆けてくる。


「どうしたの? なにかあった?」


「ロマジェリカ軍の様子が変わりました。これからジャセンベルと一緒にロマジェリカの制圧に動きます」


「解けたか……良かった」


 ホッと溜息がこぼれる。これで北も南も無事に事が運ぶだろう。

 浜に残っている多くの兵は暗示にかかっていなかったようだけれど、ジャセンベルの兵力はさすがのもので、次々にロマジェリカ兵をねじ伏せているらしい。

 そう時間をかけることもなく鎮圧できそうだと、大石は言った。


「それで、俺たちはこのまま中央へ向かいますが、安部隊長の部隊から、神田の班がここに残ります。古株は少ないですが、なにかあったらやつらへ」


「うん。わかった。ありがとう」


「それじゃあ行きます」


「負傷するなとは言えないけど、みんな十分に気を付けるようにと伝えて。くれぐれも深追いだけはしないように」


「わかりました」


  予備隊や訓練生たちを取りまとめ、中央へのルートに向かっていった大石の背中を見送った。

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