第41話 憂慮 ~サム 1~
小高い丘から海岸を見下ろす。
庸儀は後陣に暗示のかかった兵が少ないようで、乗り込んできた反同盟派にすぐに対応してきた。
単眼鏡を覗いて周囲を見渡すと残っているのは知った顔が多い。
「庸儀は先陣で雑兵が出ているようですね。残っているのは士官クラスが多いようです。あの様子では暗示にかかった兵も少ないかと」
「そうか。となると、制圧には少しばかり手古摺りそうだな。岱胡、これまででなにか変わった様子はなかったか?」
「変わった様子……多分、特には……あ、でもマドルの野郎と赤髪のババアは別行動してます」
「……別行動?」
サムは単眼鏡をしまいながら長谷川を見た。
「あいつ、術で出した馬に乗ってルートに入ったんス。ババアのほうは気づいたら姿が見えなくて……けど、車を乗り入れてたので、それで移動してると思うんスけど」
「なるほど、馬を……マドルは恐らく最短で中央部へ向かうつもりでしょう」
「なんだってそんなことがわかる?」
「紅い華……藤川を待たせるわけにはいかないでしょうから。ジェと離れたのも遅れがあってはならないと判断したからだと思います」
野本の計らいで、長谷川の部隊から速やかに伝令が回された。
野本自身は泉翔の作戦やこれからの動きについて、細かに長谷川から聞き出している。
サムが連れ立ってきた兵は、既にこの丘に登ってきた庸儀の兵をすべて倒し、今は下にいる梁瀬の部隊を支援している。
このあと、サムは暗示を解く術を使わなければならない。
戦闘に巻き込まれず、戦場の状況がわかる場所に落ち着きたいと思っていた。
「ここならば、敵兵にも見つかり難い。術を放ってから、それが返ってくるまでの数時間は、私はこの場所から動けませんので」
この丘は潜むにもちょうどいい。
野本と長谷川にそう説明をした。
二人はピンと来ない、と言った顔でサムを見つめている。
「まぁ、詳しいことはともかく、私と梁瀬さん、クロムさんは術を二度、使わなければなりません」
「二度も? そんなにかけないと解けない暗示なんスか?」
「一度目で、単純に暗示を解きます。恐らくほとんどの雑兵がそれで正気を取り戻すでしょう。二度目の術で、藤川のような干渉の暗示を解きます」
「そういうことか」
「二度目の術を放ったあと、おおよそで六時間はすべての術師が術を使えなくなります」
それを聞いて二人はひどく驚いた顔を見せた。
「そのあいだ、あんたはどうするんだ?」
「術が使えないって、結構ヤバいんじゃないッスか?」
心配そうに見つめてくる二人に、背中がむず痒くなるような妙な感情を覚える。
「術か使えないと言っても、私も梁瀬さんも軍属ですよ。クロムさんには私の祖父がついていますし、特に問題はないでしょう」
「あぁ……それもそうだな。とは言っても、ここから動けないってのは厄介だな」
野本は腕を組んでブツブツと呟きながら行ったり来たりを数回繰り返すと、一人で大きくうなずいてから長谷川を見た。
「よし、俺はサムが動けるようになるまで浜に残る。岱胡、おまえは先に進んで、作戦どおりに中央へ向かえ」
「えっ……残るなら支援組の俺が残ったほうがいいんじゃあないッスか?」
「いや。浜の制圧に時間をかけると被害が大きくなる。俺が残って動いたほうがいいだろう。おまえは先陣を追いながら待機している戦士たちを引き連れて、中央で修治たちと合流するんだ」
「わかりました」
「俺はここでの対応が終わり次第、急いであとを追う。先に回した伝令に漏れがないように、その確認も頼むぞ」
「はい」
「マドルって野郎はきっと、こんなにも早く暗示を解かれると思っちゃいねぇはずだ。やつらが後悔するほど足掻いてやるんだろう?」
「もちろんッス!」
「よし。それじゃあ思う存分、徹底的にやってやれ!」
「はい! じゃあ、先に行きます!」
長谷川はすぐに残った兵に呼びかけ、そのまま森のほうへと駆け出した。
中央へのルートを使わずに先へ進むらしい。
地の利があるのは、やはり有利だ。
「では、私はすぐに術の準備を。あなたには負担をかけてしまいますが、上陸した仲間をお願いします」
「ああ。下にいるやつらと、梁瀬の隊員を何人かここへ寄越す。なにかあったら、やつらに連絡を入れさせてくれ」
そう言って早々と丘を駆け下りていった。
サムは登ってきた崖の近くへ立つと、改めて周囲を見渡した。
穏やかな風がマントの裾を揺らしている。
急な突風も目も開けられないほどの砂埃も立たない。
どこまでも視界はクリアで海面は空の青を深く映し込んでいる。
振り返れば赤や黄色、緑の色づく木々が茂っている。
(いつかは我が国もこんなふうに……陛下の見据える先にはきっと、こんな景色があるに違いない)
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