第31話 共闘 ~鴇汰 2~
ほんのわずかなあいだ、考えごとをしているうちに真下に海岸沿いに広がる森が見えてきた。
葉の色が変わって赤や黄色に色づいた山を、敵兵はなにを思ってみているのだろう。
ざっと周囲を見渡しても火の手が上がっている様子が見えないのは、同盟三国も泉翔の豊かさを失いたくないからだろうか。
西浜が近づくほどに腰に差した鬼灯が熱を帯びていくような気がする。
つと柄に触れると、ほんのりと温かい。
風の音に混じって低い音が耳に届き、それが戦場の喧騒だと気づく。
梁瀬の背中越しに遠く西浜が見えてきた。
広くはない入り江に戦艦が隙間なく埋まっているように見えるのは、北浜と同じだ。
沖のあたりには新たに多数の戦艦が西浜を目指して進んでいた。
「あれは……」
「ジャセンベルが着いたみたいだね。鴇汰さん、あれには穂高さんが乗っているよ」
「そうか」
北浜には姿の見えなかったレイファーも、きっとあの中にいるんだろう。
穂高はレイファーと一緒なんだろうか。
姿を目にしていなくても、無事だとわかるとホッとする。
泉翔を出てから今まで離れていたあいだに起こったたくさんのこと……話したいことは山ほどだ。
梁瀬が高度とスピードを下げて西浜を旋回した。
喧騒が響き渡る中、鴇汰は目を凝らして海岸を見回した。
他の誰かじゃあなく、麻乃ならば決して見間違えることはないと自信を持って言える。
それなのに、なかなか姿を見つけられない。
体が傾き、梁瀬が方向を変えたのがわかった。
「どこに行くんだよ!」
「海岸以外にも麻乃さんが上陸している可能性があるでしょ。そっちも確認しないと」
梁瀬のいうことも最もだ。
先陣で出ているとすれば、かなり先へと進んでいるはずだけれど、修治がそれを許すはずがない。
とすればこの近辺にとどまっているはずだ。
砦が近づいてきた瞬間、強い殺気を感じ取った。
それは梁瀬も同じだったようで、更に高度を下げて鴇汰を振り返った。
「鴇汰さん、砦が怪しい。旋回するから確認できたらこのまま飛べる?」
「ああ! 行ける。あんた、このあとはどうすんのよ?」
「僕は穂高さんと合流する」
「わかった!」
砦の脇を抜け、大きな銀杏の木を中心に鳥の軌道が輪を描いた。
砦の上に一人、銀杏の木の周辺に数人が倒れている。
枝の隙間に麻乃の姿が見え、その向こうには修治と……なぜか洸の姿がある。
修治の様子も麻乃の様子も明らかにおかしい。
それにどうやら修治は怪我を負っているようだ。
修治の怪我も倒れているやつらも全部、麻乃がやったんだろうか。
背筋がゾクリとした。
「格が違うんだろ! それなのに、ロマジェリカなんかにたやすくたぶらかされてるんじゃねぇよ!」
洸がそう叫び、修治を庇うような仕草を見せた。
そうだ。
洸のいうとおりだ。
どんな暗示か知らないが、たやすくたぶらかされやがって。
それになんだって麻乃はマドルのそばを離れないんだ。
「格が違うっていうんなら、その違いを見せてみろよ!」
「鴇汰さん、行って!」
梁瀬と洸の叫びが被ったのを合図に、鴇汰は鳥から飛び降りた。
ちょうど麻乃と修治の間に割って入るように着地ができたのは運がいい。
「――洸、良く言ったな。おまえのいうとおりだ。そいつ連れて、おまえは下がってろ」
すばやく腰から鬼灯を抜き、革袋を外して洸に投げ渡した。
「おまえ――!」
「長田さん!」
握り締めた鬼灯の柄が熱い。
やっとたどり着いた……そんな思いと共に、ざわめくような感覚が手のひらを通して胸の奥に伝わってくる。
ずっとこの瞬間を待っていた。
こんなときだと言うのに会いたくて会いたくて仕方がなかった。
最後に見た麻乃の姿が頭に浮かぶ。
マドルに捕らわれ、馬の背でぐったりした姿――。
助けたくても助けられず、悔やんでも悔やみ切れない思いに押し潰されそうだった。
あの日、もっと早くに庸儀から逃れていたらと、何度も考えた。
「遅くなって悪かったな」
無意識にそんな言葉が口をついた。
鴇汰を妙に急かせた鬼灯になのか。
怪我を負ってしまった修治へなのか。
止めることもできずに見守っていた洸になのか。
ロマジェリカで弓を射かけられ目の前で倒れたのに、その場でなにもしてやれなかった麻乃に対してなのか。
多分、全部がそうだ。
けれどたった今は、鬼灯に語りかける。
「さて――行くか!」
麻乃から目を離さずに、つと一歩踏み出した瞬間、麻乃が動いた。
鴇汰の足もと近くに転がっていた夜光を掴み取ると、そのまま掬い上げて鴇汰に斬りつけてきた。
握った鬼灯で夜光を受け止める。
「……鴇汰」
間近で向き合った麻乃の瞳は紅い。
殺気を含んで真っすぐ鴇汰の目を睨む。
髪の色も紅い。
今まで見たことがないほど深くて濃い紅だ。
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