第32話 共闘 ~鴇汰 3~

 外見の印象だけで言えば別人のように見えるけれど、鴇汰にとってそんなことは大した問題じゃあない。

 十字に重なった刀身を、麻乃はそのまま下から弾き上げると、サッと後ろに飛びのいて距離をおいた。

 柄を握った拳で左腕を抑えるようにして構えている。


「腕、まだ痛むのか?」

  

 前に左腕が痛むと言って苦しんでいたことを思い出し、数歩、歩み寄ると麻乃は拒むように後ずさりした。

 さらに近づこうと、一歩踏み出すと、修治が叫んだ。

  

「馬鹿! なにをしてる!」


 修治が後ろから飛びつくように鴇汰の腕を押さえに来た。

 肩をやられて傷が痛むのか、苦痛に声を漏らしている。

 そんな修治を洸が慌てて支えた。


「おまえ――! なんだってここへ来た! おまえには北浜を任せたはずだ!」


「北浜は巧がいるから大丈夫だ」


「巧が? 無事だったのか……」


 修治がフッと溜息を漏らした。


「ああ。だからここへ来た」


「駄目だ。鴇汰、おまえは下がれ。ここは俺が――」


「あんたに任せてあいつが助かるのか! 違うよな? その傷……あんたでさえ手に負えなかったんだろ!」


「だからなおさら……おまえに麻乃は無理だ!」


 懇願するように修治は鴇汰の肩を強く掴んだ。

 その直後、背中に麻乃の殺気を感じ、振り向きざまに掲げた鬼灯に夜光が強くたたきつけられた。

 目の前の麻乃をジッと見つめ、前に出ようとする修治を肩で押し戻しながら低く呟く。


「あんたがこのあとどうするつもりか、俺は知ってる。それをさせないために俺はここへ来たんだ」


 麻乃の押し込んでくる力が強い。

 それでも対応できないほどじゃない。

 目一杯引きつけてから思い切り弾き返すと、勢いで麻乃は数歩下がった。


「あんたこそ下がってろ! 俺は……俺が絶対に麻乃を取り戻す! 洸! そいつ離すなよ!」


 洸に向かって修治を突き飛ばし、麻乃にまた歩み寄った。

 麻乃は構えもせず、また下がる。

 その後ろに三人倒れているのがわかった。


 おクマと松恵、それに小坂だ。

 砦の上にも倒れている人影があったけれど、あれは誰だ?

 みんな無事なんだろうか?

 怪我の程度はどうなんだ?

 まさか……既に事切れてるなんてことは……。


「おまえ、なにやってんだよ。あいつらになにをしたんだ」


「邪魔をしたから倒しただけだ」


「邪魔って……あいつらみんな仲間だろ」


「仲間? 笑わせるなとさっきも言ったはずだ」


 麻乃の瞳がきつく鴇汰を睨んだ。

 その目は怒りに満ちているように見える。

 修治とどんな話をしたんだろうか。

 笑わせるな、ということはみんなを仲間であると認めてないのか。


 鴇汰が降り立つ直前に、洸がロマジェリカにたやすくたぶらかされて、と言った。

 本当にマドルはどんな暗示をかけたのだろう。

 麻乃のこの反応を見るかぎり、泉翔から離れるようななにかなんだろうが……。


「ロマジェリカで……マドルになにを見せられたんだよ? あのときの肩の傷、もう大丈夫なのか?」


 麻乃が夜光を握り直した。

 鴇汰もつい、鬼灯を持つ手に力がこもる。


(熱を感じない……妙に急かされるあの感覚もない)


 さっき麻乃に向き合ったときには、やっと戻ってきたかのような熱を確かに感じたはずなのに。

 今はこのまま鴇汰の手に収まっていることに満足しているかのようだ。


(なんだよ? あんなに人を急かしてまで、麻乃のところに戻りたかったんじゃあないのか?)


 柄を持つ手をジッと見つめていると、麻乃が動いた。

 下から救い上げられた夜光を鬼灯で辛うじて喰い止めた。

 目の前に紅い髪が揺れている。麻乃は視線を落としたままだ。


「っ……! あぶねぇ……」


「大丈夫か、だって? 心配したフリか? 修治といい、あんたといい……」


「フリだなんて、そんなわけがねーだろ! あのとき、俺は――」


「岱胡に撃たれたあたしを斬ったのはあんたじゃあないか!」


 夜光を引いた麻乃は今度は勢い良く突き上げてきた。

 切っ先が鴇汰の喉もとを狙っているのを察し、これもギリギリでかわした。


「馬鹿なことを言ってんじゃねーよ! 俺がおまえを斬るはずがねーだろ! 岱胡もそうだ! あいつがおまえを撃つはずがない!」


 打ち負けたことに納得がいかないのか、それとも今の鴇汰の言葉に納得がいかないのか、麻乃は不満そうな顔で間合いを取った。


「あたしだって……そう思いたかった……でも違った! あたしを裏切ってあんたたちはジャセンベルについたじゃあないか!」


「ジャセンベルについた?」


「みんながあたしを……巧さんだって穂高だって……」


 うつむく麻乃から、さっきまでの殺気が消えた。

 虚ろな様子で顔を上げて空を仰いでいる。

 あまりにも隙だらけなその姿に違和感を覚え、思わず修治を振り返った。


 麻乃を見ていた修治の目が鴇汰に向いた。

 その目がなにかを言いたげだ。

 それは麻乃が鴇汰に斬られたと言ったことに対してだろうか。

 それとも麻乃の様子がおかしいことに対してだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る