第30話 共闘 ~鴇汰 1~
北浜はジャセンベルと反同盟派が加わり、更に混乱が激しくなった。
梁瀬の隊員たちのおかげで泉翔の戦士たちにかけられた金縛りも解けていた。
ちょうど近くにいた古市を捕まえると、戦線を離れて堤防の反対側に身を隠し、まずはジャセンベルと反同盟派には手を出さないようにと指示を出した。
「ですが隊長、反同盟派と言ってもヘイトの人間ですよね。俺たちにはこの混乱じゃあ、見わけが……」
「そこは大丈夫よ。武装しているヘイト軍と違って明らかな軽装だし、なにより暗示にかけられていない。向こうから手を出してくることも決してないわ」
「ジャセンベルは……本当に大丈夫なんですか?」
巧の言葉を信用しきれないのか、古市は不安そうだ。
これまで散々やり合ってきた相手だ。
こんな場合でなければ、鴇汰だってジャセンベルを信用などできない。
「古市、あんたが信じ難い気持ちはわかるわ。でも、大丈夫だと断言できる」
「……わかりました。中村隊長を信じます。それで、伝令はどう回しますか?」
「さっき鴇汰が言ったとおり、ジャセンベルと反同盟派に手出しは無用。それから……」
「しばらくしたら、僕は暗示を解くための術を放つ。暗示が解ければ、ほとんどの敵兵が戦意を失くすと思う。彼らの処遇は反同盟派に任せてあげて」
「もちろん、侵攻の意思を持ったままの敵兵もいると思う。その時は倒すしかないんだけど……できるだけ命を奪わず捕えるだけにしてやってちょうだい」
なにか思うところがあるのか、巧と梁瀬は切なそうな表情を見せてそう言った。
海岸を制圧したあとは鴇汰に代わって巧に従い、作戦通りに事を進めるように言い含めた。
「中村隊長に? あんたはどうするんです?」
「俺はこれから西浜へ……麻乃のところへ行く」
怪訝な顔で鴇汰を見返してきた古市に、はっきりとそう告げると、フッと小さく溜息を漏らして受け取りながら、やれやれ、と言った様子で首を振った。
「まあ、仕方ないですよね。約束があるんでしたっけ? 存分に話しの続きとやらをしてきてください」
「ああ。あとのことは頼む。相原にも……あとで中央で会おうと伝えてくれ」
「わかりました」
「じゃあ、早速伝令を頼むわ。ヤッちゃん、鴇汰をお願いね。行くわよ、古市」
岱胡の隊員たちのところへ向かう道すがら、古市に麻乃の話したときのことを思い出し、少しだけ気が楽になった。
相原同様、きっといろいろと言いたいことはあるんだろうけれど、それを口にはしない。
なにがなんでも麻乃を無事に取戻し、必ず中央に戻ろう。
巧と一緒に戦線へ駆け戻っていく古市の後姿を見ながら、強くそう思った。
「それじゃあ鴇汰さん、僕らも急ごう」
「ああ……って、あんたもそれかよ……」
梁瀬が鴇汰に声をかけながら式神を出した。
それはクロムとは違う種類だけれども鳥だ。
泉翔へ戻ったときのことを思い出し、早くも気が萎えそうになる。
「だってこんな中、通常通りに西浜まで移動なんかできないでしょ。これなら安全だし、早く着くし……」
「わかってるよ! わかってんだけどさぁ……」
大きく溜息をつき、虎吼刀を背負って鬼灯をしっかり腰に差し、梁瀬の後ろにまたがった。
梁瀬もクロムと同じように初めからスピードを出した。
それでも大陸から海上を飛んだときとは違い、凍えるような寒さも砂粒が体じゅうに当たることもない。
安全だとわかると、頭の中に嫌な思いが沸き立ってくる。
麻乃と修治はもう顔を合わせたんだろうか。
会っているとしたら対峙しているんだろうか。
ひょっとすると、もう既に無事に取り戻せているかもしれない。それとも――。
いつものように妙に冷静な態度で、修治はすべてを終わらせようとするんだろうか。
背中が薄ら寒くなり、目をギュッと閉じて嫌な想像を打ち消した。
(例え、麻乃が敵意を剥き出しでいたとしても引き戻すことを最優先にするはずだ)
そう思うのは単なる鴇汰の願望でしかなく、修治はもっと別ななにかを考えているんだろうか。
どうするつもりでいたのか、なにを最優先とするつもりでいたのか、修治にそれを聞かなかったことが悔やまれる。
『振り返りもせずに突き進むのだけは止めるんだ、いいな? それから――』
中央で修治と別れるときに、急に神妙な顔つきでそう言われたのを思い出した。
必ず生き残れ、などとわけのわからないことを言われて戸惑ったけれど、あのとき、本当はなにか別のことを言おうとしたんじゃあないだろうか?
麻乃に関する、なにか別なことを。
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