第23話 不安 ~川崎 1~
「くそっ……一体、どこに行ったんだ!」
川崎は西浜に近い雑木林の木陰で、舌打ちをした。
まだ暗い海岸に、黒い船影が揺れている。
数時間前から、ロマジェリカの兵が忙しなく動きだしているのが、砂浜に灯された炎に映し出されていた。
テントで仮眠を取っていたはずの修治に知らせに行くと、その姿が見えず、小坂もいなくなっていた。
二人で連れ立って外に出たのは間違いないとして、一体、どこに行ったのか、その姿が一向に探し出せずにいた。
「川崎、見つかったか?」
神田が近づいてきて隣に腰をおろした。
それに首を横に振って答える。
「そうか……こっちも空振りだ。今、近江に先の拠点へ知らせを出させている。ひょっとすると、そっちに顔を出しているかもしれないしな」
「あの隊長が俺たちになにも知らせずに先に進むとは思えない。仮に向こうへ顔を出しているとしたら、奈良か籠原が知らせてくるだろうよ」
「そうかもしれないが、確認はしておくべきだろう?」
神田のいうことも最もだと思う。
けれど川崎は、どうしても納得がいかなかった。
「それと、念のため拝島と向坂には柳堀を見に行かせたよ。先へ行くより、そっちのほうが現実的だしな」
「柳堀か……確かに、あそこのことをすっかり忘れていたな」
「だろう? それに、あそこには藤川隊長を見知ったやつも多い。藤川隊長なら正規ルートを通らずに、他から上陸する可能性もある。見かけたやつがいないか、聞きに行ってるのかもしれない」
そうだ。本当はそれが一番の不安要素だ。
修治の意見を聞いて、麻乃が西浜へ来ることには納得がいった。
けれど、もう多くのロマジェリカ兵が先へ進んだのに一向に姿が見えない。
修治がなにかを察してその場に向かったとして、そこで麻乃と対峙していたら……。
誰もなにも知らないまま、最悪の事態が起こっているかもしれない。
川崎はそれが怖かった。
「小坂の姿も見当たらないから、二人一緒だろうってことで、七番のやつらも周囲を当たってる」
「見つかったって知らせはないんだろう?」
「まだ、な。さっき、豊浦が数人引き連れて先の拠点へ移動する折に、大石に三番の茂木のところも当たるように言い含めていた」
「そっちは大瀬が確認に行ったんじゃないのか?」
「あれからもう数十分経ってるだろ。ひょっとして、入れ違いになったかもしれない、ってな」
どうにか早く見つけ出したい。
このままロマジェリカに動かれでもしたら、その対応に追われてしまう。
ある程度は先へ進ませて構わないとは言え、できるだけここで食い止めなければ。
未だ残っている兵数は多い。
修治と小坂抜きでも、そこそこの部隊を相手にするのは可能だけれど、それでも、腕の立つ二人が抜けるのは痛いと思う。
修治が思い悩んでいるのはわかっていたのに、なぜ、もっと親身になって身近にいてやらなかったのか。
それが悔やまれてならない。
海岸がざわめき立ち、いよいよロマジェリカ軍が動きだそうとしている。
「まだ薄暗いってのに、やつら、もう動きだすか。川崎、どうする?」
「どうもこうも、とりあえず先陣は二、三部隊通す。そのあとはたたく。必要以上に通すわけにはいかないんだ」
「藤川隊長は?」
「うちの隊長がいない以上、通すしかないだろう。神田、急いで拠点に戻るぞ」
神田がうなずいたのを確認してから、雑木林を離れた。拠点に戻ると、ロマジェリカ軍が動きだす旨を皆に伝え、全員を配置につかせた。
岩場に陣取っている岱胡と梁瀬の部隊にも連絡を取り、兵数が減ったところで、先の拠点への移動を指示した。
拠点には大石が戻ってきていて、やはり修治も小坂も茂木のところへは顔を出していなかったと言う。
「安部隊長と小坂が不在だが、だからと言ってここで残りの兵をすべて通すわけにはいかない。残った俺たちでできるかぎり多くの敵兵をたたく。これまでも、何度かデカい部隊を相手にしてきた経験がある。全員、怯むことなく対応してほしい」
一息でそう言うと、集まった隊員たちは全員うなずいた。
「新人は慣れないだろうが、全員、演習をクリアしてきたんだ。自信を持っていいからな」
麻乃の部隊の杉山が緊張した面持ちの新人に、そう言ってニヤリと笑った。
その表情が、まるで負けを意識していないことを臭わせ、川崎も妙な安堵感を覚える。
よし、行くか――。
神田がそう言ったのと同時に、海岸からロマジェリカ兵の咆哮が聞こえ、銃声が響いた。
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