第24話 不安 ~杉山 1~

 堤防を乗り越え、中央までの道を進軍していくロマジェリカの兵を、杉山は必死に目を凝らして眺めた。

 一部隊が通り過ぎても、まだ麻乃の姿は確認できない。


 夕方に進軍した先陣の中にも、麻乃の姿はなかった。

 ひょっとして、西浜へは来ないんじゃあないだろうか?

 そんな考えが頭を過る。


「まだ来ないな……」


「ああ……」


 大石がポツリと呟き、つい、生返事をした。

 どんなに大勢いようとも、麻乃の姿だけは見間違えることも見落とすこともないと、確信を持って言える。

 それは多分杉山だけでなく、ずっと一緒にやって来た小坂も大石も、豊浦や矢萩も、みんな同じだ。


「それにしても、小坂のやつ……こんなときに黙って部隊を離れるなんて」


 大石はそう言いながら、目の前を過ぎていく部隊を身を乗り出すようにして眺めている。

 早めに休め、修治にそう言われたときに、疲れのせいもあったのか、うっかり熟睡してしまった自分を悔いた。

 目を覚まし、二人の姿がないと気づいたときは、愕然とした。


 大ごとにはできないけれど、急ぎ探すには残った隊員たちにも伝えなければならず、数人を残してあちこちを探したけれど、結局まだ見つからないままだ。

 集中して麻乃の姿を探そうと、腰を浮かせて茂みから顔を出したとき、背後でガサリと音がして、心臓が破裂するかと思うほど驚いた。


「大石、おまえが戻って少ししてから、俺たちのところに小坂が来たぞ」


 振り返ると、岱胡の率いる三番隊のさかいだった。


「おまえらのところに? 小坂だけか? なんの用だったんだ?」


「それが良くわからない。とにかく急ぐからって茂木だけを連れていったんだ。おまえらには、先に打ち合わせたとおり防衛に徹してくれ、って伝言をあずかった」


 小坂が茂木を連れていった、となると、もしやその行先には麻乃がいるんじゃあないだろうか?

 確か、茂木が麻酔弾を持っていると聞いている。


「どこへ向かったのか聞いてないのか?」


「ああ。取り付く島もない雰囲気だった」


「くそっ……せめて行先さえわかっていりゃあ連れ戻しにも行けるってのに」


 大石と堺のやり取りを聞きながら、杉山の中で覚悟が決まった。


「いや。小坂は抜きでいい。あいつにはなにか考えがあるんだろう。俺たちは、まずは打ち合わせ通りに行こう」


「本気で言ってるのか!」


「当たり前だ。俺たちまでも、ここを離れたらどうなる? 残りの兵をほとんど通すことになるじゃないか。先の拠点に控えているやつらに全部を任せるのか?」


「そんなわけがないだろうが!」


「……だったら、俺たちがすべきことは、今、目の前の敵兵をたたくことだ。堺、手間をかけさせるが、川崎にもそう伝えに行ってくれるか」


 堺がうなずいた。

 その背を軽くたたき、川崎が今いる辺りを教えた。

 すばやく移動していく後姿を見送ってから、大石に向き直った。


「恐らく、麻乃隊長はもう上陸してる」


「なんだって?」


「茂木が麻酔弾を持ってるって言ってただろう?」


「ああ。確かそれがうまく使えれば、こっちと対峙しなくて済むかもしれないって……」


「その茂木を小坂が連れ出したってことは、そういうことだ」


 大石は真顔のまま黙った。

 数秒、杉山の顔をジッと見つめてから、諦めたように小さく首を振り、柄を握りしめた。


「わかった。俺たちは、為すべきことをするしかないんだな」


「急いで拠点に戻ろう。他のやつらと合流して、海岸の敵を一掃しなきゃな」


 中央への道を進軍していくロマジェリカ兵を横目に、移動を始めた途端、海岸の方向でざわめきが起こり、怒声が響いてきた。


「――援軍だ!」


 思わず大石と顔を見合わせ、拠点まで全力で駆け戻った。

 拠点では、新人たちが忙しなく出撃の準備をしていた。


「どうした! 援軍って、一体、なにがあった?」


「それが、新たな戦艦が迫っていて……しかも、かなりの数です!」


「準備は?」


「全員、整っています!」


「よし、とにかく浜へ急ごう」


 テントを出たところで戻ってきた川崎に出くわした。


「川崎、そっちの準備はどうだ?」


「こっちは、いつでも出られる」


「そうか。それなら、このまま海岸へ急ごう。援軍だかなんだか知らないが、ここからはすべてつぶすぞ」


 杉山がそう言うと、川崎はすぐに隊員たちを集め、簡単に手順を伝えた。


「まさかこれ以上、敵が増えるとは思わなかったが、それならなおさら、通すわけにはいかない。全員、覚悟を持って対応してくれ」


 集まった隊員たちに、それだけを伝えると、杉山は脇道から海岸へと向かった。

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