第101話 漸進 ~梁瀬 2~
マドルが麻乃に術を施したのは確実だ。
思い当たるのは西浜でのロマジェリカ戦だけ。
あの日、麻乃になにかが起き、それを足がかりに暗示にかけられたに違いない。
いつか試した梁瀬の術が通らなかったのは、泉翔と大陸での術のありかたが違うからだ。
それが証拠にリュの術は通ったじゃないか。
今、いろいろな知識を手に入れてそれがハッキリとわかる。
「僕はね、麻乃さんがそうまで思い詰めるほどの、どんな暗示をかけられたのかわかる気がする」
「俺も……なんとなくわかる気がする……」
穂高も梁瀬と同じことを考えているようだ。
ロマジェリカでの防衛戦、ガルバスを倒したときに怪我を負った麻乃にいろいろと手を貸したのは穂高だった。
麻乃が大きく変化していく中で、偶然とは言え常にその近くにいたせいで、全体を通して今度のことが見えているのだろう。
「麻乃を動かすためにマドルは暗示を使って、泉翔が禁忌を犯したように見せたんだと俺は思う」
「大陸侵攻か?」
「うん。大陸じゃあ国境沿いで小競り合いが続いていたでしょ? その一つにでも連れていって、暗示で敵兵を泉翔人に見せかけたら、簡単だったんじゃないかな?」
「そう……ね。確かにそうだわ」
「でも、僕、一つだけわからないんだよね」
「なにがだ?」
「麻乃さんが禁忌を犯した泉翔へ粛清を考えるのは当然として、だからって、どうしてマドルのそばを離れないんだろう?」
梁瀬の疑問に徳丸も巧も首を捻った。
梁瀬は式神を通して麻乃の姿を確認している。
まだ聞くという感覚がわからなかったときにも、麻乃は冷たい視線をマドルに向けながらも、大人しく従っているふうだった。
泉翔の伝承のとおりであれば、マドルを脅してでも、早く泉翔へ戻ろうとするんじゃないかと思う。
ロマジェリカに加担しているわけじゃあないのは、麻乃が泉翔の情報を流していないのを見れば一目瞭然だ。
純粋にただ、マドルに添っている。
大陸の伝承を考えたら、その姿こそが紅き華のあるべき姿なんだろうけれど、どうにもしっくりと来ない。
「ひょっとして、麻乃の傷を治したのはマドルじゃないかな?」
「それだ! 泉翔の中でどうやって、って疑問は残るが、麻乃のやつが見てわかるほどおかしくなったのは、そのころからだ!」
「マドルってのは、余程、回復術がうまいのかしら……?」
「そうだと思う。大きな傷でもあっという間に塞ぐほど……そう言った術は確かにある。今までは使えた人間がいなかっただけだ」
母親の言葉を思い出す。
(大陸には賢者と呼ばれるものが三人います。彼らであれば、大きな怪我も一晩どころかものの数分で治してしまうでしょう。術に嵌めることもしかりです)
マドルが賢者の一人として目覚めたとは思えない。
賢者では、麻乃が添っているという理由付けが弱くなる。
(さっき、あなたが言った術を、賢者以外に使えるものがいるとしたら、彼ら、あるいは彼らのうちのいずれかでしょう)
母親はそうも言った。
一体、麻乃が添っているのはどっちなんだろう?
「それならわかる気がするわ。麻乃は怪我を負うのを変に怖がっていたもの」
「いや、あいつは怪我をすることを恐れていたんじゃねぇ。傷ついて動けなくなるのを嫌ったんだ」
「もしも本当にマドルが強い回復術を使うなら、麻乃は傷つくことに気を削がれずに戦えるんだね」
どんなに力強くとも、一対多数では致命傷にはならなくても傷を負う。
それが積み重なれば、どこかで力が削がれるのは当然だ。
過去にあった鬼神の粛清で、全滅を免れたのはそのせいだと思う。
「修治が立ち塞がるのは、麻乃のやつも十分すぎるほどわかっていると思う。覚醒したとは言え、無傷で済むとも思っちゃいないだろう」
「でもマドルが回復を促すことで、麻乃は確実にその障害を越えられる、ってわけね?」
「厄介だな……そんな状態じゃ、今度こそ本当に泉翔は全滅させられてしまうよ」
徳丸も巧も穂高さえも、麻乃を倒すことを考えているように思える。
修治も岱胡も同じように、麻乃を倒そうと考えているんだろうか?
(麻乃を死なせたりするもんか。俺が絶対に止めてみせる。あいつを助けるのは――俺だ)
助けると、鴇汰はそう言った。
梁瀬自身も麻乃を倒そうなどとは微塵も考えていない。
麻乃は意識を保っていると言っても、暗示で無理やり扉をこじ開けられた。
覚醒したのはそのせいだ。
「なにか……方法があるはずだ。僕はそれを探したい……ううん、絶対に見つける」
なぜか悲観的になれない。だからと言って楽観視しているわけでもない。
難しいのは承知のうえで、それでもあまるほどの期待が胸の奥でくすぶっていた。
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