第102話 漸進 ~穂高 1~
夜になって梁瀬と徳丸は、すべての荷物を手に出かけていった。
夕飯まで済ませた今、保存庫には生ものはなに一つ残っていない。
ここを離れ、クロムもいつ戻るかわからない今、腐るものは処分したいと巧が言ったからだ。
四人で食べるには量が多く、穂高は弁当として梁瀬と徳丸に持たせるか迎えのものにも渡してはどうか、と提案してみた。
自分では割といい考えだと思ったし、徳丸も賛成してくれたのだけれど、巧にぴしゃりとはね退けられた。
「これから大陸が変わるって言ったって、豊かになるまでには何年もかかるわよ」
飢えて死んでいくものもいると言うのに、ほんの数人に中途半端な施しをするのは酷だと言う。
満腹で満たされて戻ったものが、空腹をこらえている仲間たちを目の前にして、罪悪感を覚えてしまうかもしれない。
そんな思いをさせるわけにはいかない、そう言った。
巧のいうことも最もだ。
結局、残った食材で作った料理は、朝食ぶんを少し残してみんなで食べきった。
翌朝は早いうちに起き出し、巧と二人でクロムの家の掃除を済ませた。
「こんなことろかしらね? そろそろ迎えの来る時間だし行きましょうか」
「うん。そうだね……」
荷物を手に外へ出た。一歩進むごとに不安がよぎる。
それでも、始めから前線に赴く徳丸と梁瀬に比べれば、幾分か安全だ。
そう思えば少しだけ気持ちが楽になる。
森の入り口で迎えの車と落ち合い、ジャセンベル城へと再びやって来た。
「実は昨夜、ピーターから連絡がありました。今夜の内に用が済み、あさってには戻って来られるそうです」
「ということはレイファーも当然……」
「戻られます」
レイファーがピーターを伴って泉翔へ向かったとは聞いていた。
そこに梁瀬の従弟が加わっているのも聞いている。
それが戻ってくるということは、いよいよ動きだすときが近づいている。
巧がグッと拳を握ったのを、穂高は後ろから見ていた。
嫌でも緊張してくる。
ルーンが用意してくれた部屋へと向かうまで、誰の姿も見ていない。
「人払いがされたと言うれど、こんなに人手がないのは不自然じゃないんだろうか?」
「それはもちろん、ですから兄君さまたちの周辺に集中して残しています」
「でも、それも変じゃないかしら?」
「あの方々は、余程のことでもなければ、そうそう動き回ることはありません。それに食事にさえ差し支えなければ、小間使いたちのことなど、気にもとめませぬ」
「そんなものなのね。皇子でありながらもずいぶんと小者だこと」
巧の嫌味にルーンも苦笑している。
昨日のうちにヘイトと庸儀の国境沿いに詰めていたすべての兵たちが呼び戻され、レイファーの部下とともに新たに陣を引き直しているそうだ。
今は二部隊程度を残してあるものの、それも明日中には移動すると言う。
「本当にここへは一つの部隊も残さないのか……」
「ええ。なにしろヘイトと庸儀の残党も、その数を大分減らされておりますから……そこを補うためには、やはり全兵で臨ませるのが確実なのでしょう」
「なるほどね」
巧とルーンが話しているのを眺めながら、そう言えばジャセンベル城の外と、祠のある森を案内されて以来、王の姿を見ていないのを思い出した。
体調がすぐれないようだったのは、初めて会った日に気づいてはいる。
それからどうしているんだろうか?
まさか歩けもしないほど悪いとは思えないけれど。
「あの……王は今、どうされているんですか?」
「王は、今は来たるべき日のために、お体を休めておられます」
「そんなに……お悪いんですか?」
思いきって聞いてみた。ルーンの表情が曇ったように見えた。
「お二方には、このようなことを頼むのですから、問われた際には正しく答えるよう、王より申し付けられています」
そう長くはないのです、と消え入るような声で答えた。
「ですから今は、ただ体力を温存するために休まれているのです」
寂しそうに微笑むルーンから巧は視線を外し、そのまま目を閉じてうつむいてしまった。
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