第99話 漸進 ~巧 3~
陽が落ちたころ、兵たちが動き始めた。
思いのほか、兵数が多くないのは、城へ寄らずに直接、ロマジェリカや庸儀の国境沿いに移動した部隊があるからだと言う。
大軍で動けば嫌でも目に付く。
程々の距離を保った辺りで待機させているのか。
時折、ルーンのところへピーターの下で働く兵たちが状況を知らせにやって来た。
それはレイファーから軍への指示のほかに、ルーンには内密にピーターから巧たちへの伝言も混じっていた。
次々に展開していく状況の変化に、巧は嫌でも焦りを感じる。
何度目かのときに、穂高のところへと梁瀬から式神が送られてきた。
鴇汰が無事、泉翔へ向かって出発したと言う。
「ヤッちゃんの式神、喋れるようになったのね」
「そうらしい」
「話すのは難しくはなかったんだ。でも聞くのがちょっとね」
巧の問いかけに穂高が答えたあとを、鳥が継いだ。
会話が成立したことで巧も穂高も驚きを隠せずに、矢継ぎ早にいろいろと質問してみた。
「そんなことより、今日は戻ってくるよね?」
「あ……ええ。そのつもりよ」
「じゃあ、こっちで待ってるから」
飛び立っていった鳥を追って窓の外へ目を向けた。
空はくすんだオレンジに染まっている。
一際大きな鳥が城をかすめて飛んでいくのが見えた。
「では、今日はこのあたりでよろしいでしょうか」
「はい、大体の事情は頭にたたき込んだつもりです。皇子たちのことは特に」
「明日はゆっくり休んでください。あさってよりはこの城へ詰めていただきたいのです」
「ここへ?」
「ええ。レイファーさまが戻られる直前では、急に対応できない恐れも出てきますゆえ」
「……それもそうね」
「では、送りのものに車を用意させます」
来たときと同じように西側の通用門から出ると、先日の男が待っていて、クロムの家がある森まで送ってくれた。
入り口で別れるときに、あさっての迎えの時間も指定された。
あたりはもう真っ暗で、車はあっという間に見えなくなった。
「ただいま」
クロムの出迎えがない今、小屋はひっそりと暗闇に佇み、誰もいないかのように見える。
扉を開けて中の明かりが漏れる。ホッと一息ついた。
「早かったな。さすがにジャセンベル領土内だと移動は便利なものか」
「そうね、地理を良くわかってる人間が案内をしてくれるんだもの」
「俺たちより、トクさんたちは移動が大変なはずなのに、ずいぶんと早かったみたいだね? 今日は出かけなかったの?」
「いや」
徳丸の話しでは、地下で通じる洞窟のようなものがあり、一つ一つはそう長くないけれど、大陸のあちこちに点在していると言う。
そこを使うと本来は通れない場所も難なく越えられ、行き先によっては短時間で移動が可能だと言った。
「とは言っても馬を使わなけりゃ早い移動は難しいんだが、中には車も入り込めるような場所もあってな。なかなかに凄いぞ」
「確かにそいつは凄いじゃない。さすがにこう広い土地だと、泉翔じゃ見ることもできない場所があるのね」
「ああ。それになにより、反同盟派のやつらはそう言った場所へ潜んでいやがった。おかげでそれぞれに細かな働きかけもできたぞ」
泉翔で諜報が持ち帰った情報に、反同盟派は身を隠していると言っていた。
そこそこの人数がいるはずなのに見つからないのが不思議だったけれど、そんな場所があったのなら合点も行く。
「始めは……大陸のやつらがどんなに変わったところで、それが一部であれば結局はなにも変わらねぇ、そう思っていた」
それが、一部が変わることで浸透していくなにかがある。
今では偏った考えを持っている人たちこそが一部であり、残りの人たちは惰性で従っている部分が強いのだろうと、徳丸は言う。
いつから気づき始めたのか、もうそれこそ何十年も前から、いや、それこそ何百年まえからか、きっとわかり始めていたのだろう。
それがここへ来てようやく実を結ぶことになるのか。
「失敗はできねぇ……俺たちがここでしくじれば、泉翔も持たないだろうからな」
「事が起きたら一秒でも早く動く。それしかないと言っても、焦りは禁物ね」
「泉翔はきっと修治さんがなんとかしてくれる。鴇汰も無事に発ったし信じるしかない……か」
徐に立ち上がった徳丸は、手早くテーブルへ夕飯を並べた。
巧たちが戻ってくるまでのあいだに、準備を済ませて待っていたらしい。
「そう言えばヤッちゃんは?」
「あぁ、あいつはなんでもいろいろと試したいことがあって集中したいってな。鴇汰の使ってた部屋にこもってやがる」
「そう。夕飯は?」
「梁瀬は先に済ませたよ」
「トクちゃんたちは明日も出るんでしょ? 明日の朝食は私がやるわ」
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