第98話 漸進 ~巧 2~

 ルーンに通されたのはジャセンベル城の奥だった。

 さすがに城内は危険じゃないかと拒否をしたけれど、ルーンは大丈夫だと言ってカラカラと笑う。


 表門の西側に位置する場所に使用人の出入り口だろうか、小さなくぐり戸があり、そこから中へと入ってきた。

 中は想像以上にガランとしていて人の往来はない。


 泉翔では何度か登城したことがあるけれど、警備に限らず人はそれなりにいた記憶がある。

 嫌な予感に言葉を失っていると、先読みしたようにルーンが言った。


「人払いがされたのですよ」


「そうですか……」


 それがなぜ、なんのためなのかは聞くまでもない。

 巧の隣で穂高もやりきれない表情を浮かべている。

 中庭を横切り、細い階段を上りきった塔の小窓からルーンは外を眺め、こちらへ、と巧と穂高を誘う。


 言われるがままに覗いた小窓の外は、城の裏手が見渡せた。

 城壁に沿うようにして大きな建物があり、武装した兵士たちが往来しているのが見えた。


「あれは……」


「城に残った兵のすべてが招集されています。ほどなくヘイトとの国境沿いに詰めている兵も呼び戻されてくるでしょう」


「相当な兵数がこの城に集まるということですよね? まさか彼らを使って城を……」


「それはありません」


 巧も穂高と同じ懸念を抱いた。

 レイファーが謀反を企てているとして、軍に対して強い影響力を持っているならば、兵を使って混乱を起こし、それに乗じて一気に兄たちを始末してしまうのが手っ取り早いだろう。


 ただ、巧の知るレイファーはそんな男ではない。

 それが証拠にルーンは、兵士たちはロマジェリカと庸儀へ向かう手筈になっていると言った。


「なるほど。やつらが大陸を離れたらすぐに動ける準備をしてるってことね」


「はい。三国はその兵のほとんどを泉翔へ率いていきます。残った兵は我が国とヘイトの国境沿いを固めるそうです」


「それじゃあ、三国とも城が手薄になるのは明白ですよね? 罠、ということは考えられないのですか?」


「そうであったとしても、このジャセンベルを打ち崩すほどの力は持っておりますまい」


 ルーンはほっほと小さく笑いをもらした。

 確かにそのとおりだけれど、大国であるが故だけではない強い信頼を感じる。

 それはルーンのレイファーへ対する思いの表れなのだろうか。


 大軍を引き連れて泉翔を襲い、今度こそは確実に小さく豊かな島をその手中へ収める、と浮足立っているところを捩じ伏せる。

 この国にならたやすいに違いない。


 次に通されたのは、大広間が見下ろせる、吹き抜けの脇にある階段だった。

 入り口の近くでは、大柄の男と痩せた男がなにやら話しをしているのが見て取れた。

 大柄のほうが第一皇子、痩せたほうが第四皇子だと言う。

 五人のうちこの二人こそが、一番レイファーを邪魔に感じているのを巧は知っている。


 幾度となくレイファーを狙って妙な連中を送り込んできたっけ。

 遠目ながらも、巧は二人の顔をしっかりと記憶した。

 その後も数度、場所を変えて残りの皇子の確認もできた。


「みんな、いかにも権力好きって感じだったな」


「そうね。なんにせよ、五人は互いに牽制し合って際どいバランスを保ってるけど、レイファーが邪魔だってことは満場一致、かしら?」


「うん。俺にはそうとしか見えなかった」


 レイファーが城へ上げられてから十数年、后や寵姫たちにとっても、我が子の行く末を阻む可能性を持ったレイファーは、邪魔な存在でしかなかったらしい。

 競う相手は少ないほど良い、ということか。


 最初の数年は本当に危うい目に幾度も遭ったと聞いている。

 まだ幼かったうえに力のない母、そして決して手出しをしない王。

 そんな中でも辛うじて命を落とさずに済んだのだから、相当な強運だ。

 兄たちにとって大きな誤算だったのは、レイファーが巧と葉山に出会ったことだろう。


「二日、遅くとも三日後にはレイファーさまは戻られるでしょう」


「三国が泉翔へ出航するのが五日後なのよね。とすると、その間の二日ないし一日でレイファーは動く」


「王はそう考えておられます」


「危ういな。こういうことは綿密に計画を立てていても、失敗する確率が高いんじゃないかな? 彼の場合、相手の数も多い分、余計に難しいんじゃないだろうか?」


「ご心配はありません。この城内においてレイファーさまのお立場は、どの兄君さまもその足もとにも及びませんゆえ。レイファーさまが動くとわかれば誰もが事が運びやすいように努めるでしょう」


「へぇ……そんなに影響力が強いとはねぇ……」


「レイファーさまは兄君さまたちと違って、言葉だけでなく行動で示します。それに情も深い」


 ルーンはまるで自分の子を自慢する父親のように、胸を張って誇らしげにレイファーのことを語った。

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