第95話 交差 ~梁瀬 2~
今日はハンスに伴われ、反同盟派の者たちに引き合わされた。
サムは泉翔へ向かっているために不在で、そのことにホッとする。
梁瀬はハンスとヘイトの術師数人に、式神の使いかたを教わることにして、話し合いは徳丸に任せた。
ヘイト人だけでなく庸儀人が多いのは意外だった。
最初こそ、警戒心を剥き出しにしていた反同盟派のものたちも数時間も話しを続けていると、段々と馴染んでくる。
それは今、互いが敵対しているわけではないから、という理由だけとは思えない。
その証拠にさっきから、三国が泉翔へ向けて出航してからどう動くかを決めるための話し合いなのに、時折、泉翔の農耕や畜産、漁業についての質問が混じってきている。
時には畑の手伝いをすることはあっても、知識には乏しいせいか、弱りきった顔で徳丸が振り向く。
答えようがないのは梁瀬も同じで、ふるふると首を横に振ってみせると、徳丸は大きく肩を落とした。
こうして見ていると泉翔にいるときと、泉翔で隊員たちとやり取りをするのと、大して変わらない光景だ。
なにかを成そうとするときに先頭に立つ蓮華を信頼してあとを担ってくれる……。
人種が違っても同じ人間である以上、根底にあるものはみな同じなのだ。
本を片手にああでもないこうでもないと首を捻らせていると、隣でハンスが苦笑した。
「手古摺っておるようじゃな」
「理解できないことはないんですが、感覚が掴み難くて……馴染みがないから、と言うと言い訳になりますけど」
「感覚ねぇ……」
開いた窓を見たハンスはおもむろに手にしたロッドをクルリと回転させ、杖先を鋭く窓に向かって振り抜いた。
バサバサと外から羽音が響き、大きな鳥が飛び去っていくのが見える。
「おまえさんの場合は習うより慣れろ、と言ったところだろうな」
「実はクロムさんにも同じことを言われました」
式神を出すまでは問題ない。
これまでのような、紙に術式を書き込む必要がないぶん、逆に楽ではある。
梁瀬はよく使うツバメを出すと、ハンスの飛ばした鳥を追わせた。
時折ハンスの鳥が話しかけてくる。
それを聞こうとすると、途端にツバメは消えてしまう。
ここが紙を使った式神と大きく違うところだ。
「眼だけで追おうとするんじゃあない」
ロッドで頭を小突かれ、また改めて式神を出す。
話し合いが済むまでのあいだ、延々とその繰り返しで、クロムの家に戻ったころにはヘトヘトになっていた。
それでも早目の夕食を済ませたあとには、クロムに師事を仰ぎ、小屋のそばで訓練を続けた。
見学だと言って少し離れた場所で巧たちが腰を下ろし、クロムを相手に談笑している。
ざわつく気配といつまでもうまく行かない術に、段々と苛立ちを募らせていた。
梁瀬を気遣ってトーンを抑えたみんなの笑い声さえも、梁瀬に対する嘲笑に聞こえる。
(人の苦労も知らないで……!)
怒りに任せて振り抜いた杖先から出たツバメは、一番手前の木に沿って、勢い良く森の上へ飛び出した。
(聞こえた!)
風を切り、翼を羽ばたかせる音が梁瀬の耳に届いた。
いつもと違い空想をしているような感覚。
目の前にある森の木々に空色のフィルターを被せたようだ。
眼下に広がる森をうっすらと感じながら、ツバメを旋回させ、梁瀬は空を仰いだ。肉眼で確認できる場所にツバメの姿はない。
意識を集中することで確実にツバメの視点は掴めるのだけれど、もう風の音も羽ばたく音も聞こえない。
目を閉じて音だけに集中しようとした瞬間、背後からクロムの声が響いた。
「目を閉じては駄目だ!」
ビクッと肩が震え、被さっていた景色とともにツバメが消えたのがわかった。
「目を閉じたほうが集中して音が入ると思ったんだろう?」
「……はい」
「実はそうじゃあないんだ。今、梁瀬くんが捉えたように、感覚をしっかりと掴めば、自分の意思で見たいものをハッキリと読み、聞き取れるようになるよ」
「でも、今の僕じゃ……できるだけ早く掴みたいんです」
「それはわかるけれど、最初に目を閉じることに慣れてしまっては、あとからの修正はし難い。キミのように戦線に赴くものは特に、現実の視界をさえぎってしまうのは命をも危ぶむ結果に成りかねないだろう?」
そうだ。
戦っている最中、例え、前線にいなくても敵からの攻撃がゼロであるわけじゃあない。
今は良くても後々まで使えないのでは、せっかく覚えても無駄になってしまう。
空を仰いだ梁瀬の頭上を三羽の鳥が通り過ぎていった。
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