第94話 交差 ~梁瀬 1~

 穂高たちが出かけたあと、梁瀬は迎えが来るまでのあいだ、ハンスにもらった本を延々と読み漁った。

 表記にわからない箇所が出てきたときには、迷わずクロムに教授を願った。


 泉翔の術には強いつもりだ。

 庸儀に関しても、何度か庸儀人に直接教えてもらったことである程度の知識は備えている。


 けれどヘイトの術に関しては流れを汲んでいると言うだけで素人同然、ジャセンベルなどまったく心得がない。

 それでも本を読み、クロムにいろいろと聞いているうちに、段々とそれぞれの特徴が掴み取れてきた。


 泉翔は防御の面が強い。

 金縛りや体に重圧感を与える術で、敵の足止めや妨害、防衛のため動く。


 庸儀は相手を惑わす術が多い。

 暗示や幻惑。そう言えばリュが麻乃に使ったのは、その類いだ。


 ロマジェリカとヘイトは、攻撃性の強い術を操る。

 火や風、水を扱う術や敵に傷を与えるものが強い。

 ヘイトは式神の使いかたも、他国より精通している。


 驚いたのはジャセンベルで、泉翔に同じく、防衛面や回復の類いが多かった。

 血の気が多く気性の荒いジャセンベル人には似つかわしくないし、常に武力でごり押ししてくる姿からは、術を扱うイメージも湧いてこない。


「なにか意外……」


 頭に浮かぶより先に溢した言葉に、クロムが笑った。


「ジャセンベルの術かい?」


「ええ。なんて言うかイメージが……攻撃性のある術のほうがまだ納得行くんですけど」


「彼らは荒いからね。けれど考えてごらん? 実際に戦場において、術がどれほど役に立つのかを」


 そう問われて思い返してみると、これまでの戦争でヘイトやロマジェリカが強い術を使ってきたことは少ない。

 庸儀の暗示の類いにしても、個々に放たれたそれは、甚大な被害を及ぼすものではなかった。

 梁瀬自身も足止めをしたくらいだ。


 実戦の最中にあって、のんびりと術を放っている暇など皆無に近い。

 使えるとすれば、敵兵の数が減り始め、相手が撤退を意識し始めたときだろうか。


「数人、数十人が相手なら十分に対応できる。けれど命のやり取りをしているうえに、相手が数千、数万もいてごらん」


「例え、強い術を放っても、相手が多いほど、隙をつかれて自身が危険だということですか?」


「そうだね。戦場で自らの命を護りながら、多数を相手にできるほどの術師は、今はいない」


「それと、式神が……使いかたが泉翔とずいぶんと違うんですね」


「あぁ、そう言えばそうだね。泉翔では連絡手段として使うくらいか」


 大陸では暗に敵の様子を探ることを目的に利用すると言う。

 確実に情報を得るために、式神を通して自分の目で見て聞き、話すそうだ。

 だから式神に関してだけは、大陸四国のすべてがほぼ共通しているのだろう。

 クロムの後ろで徳丸の相手をしているマルガリータを見た。


(それでも、あれはずいぶんと特殊だよなぁ……)


 そもそも、人型自体を目にしたことなどない。

 大陸では良くあることなのだろうか?


「笠原さんの奥さんが、式神に関しては良い使い手だけれど、梁瀬くんは指導を受けていないのかな?」


「母が? いえ、初耳です」


「そうか……うん、まぁ確かに泉翔においては必要のないことだからね」


 そう言われてハンスの言葉を思い出した。


(おまえさんがここへ来るだろうと、連絡を寄越してきたのはサリーだよ)


 母は梁瀬と同じ方法で、ハンスに対して手紙をしたためたのだとばかり思っていた。

 梁瀬自身、大陸で繋がりを持っている人と豊穣で渡ってきたときに連絡を取る際には、そうしている。

 どうやら母は大陸の方法を使っているようだ。


 バサバサと鳥の羽ばたきが聞こえ、開いた窓枠に見たことのない真っ黄色のくちばしをした青い鳥が止まった。

 クロムが近づいて手を差し伸べながら、梁瀬を振り返った。


「すぐにでも使えるようになりたい、そんな顔だね」


「今すぐほしい情報があるんです! 式神を通して見ることはできるんですけど、話し、聞くという感覚が、まだ良くわからなくて……」


「ハンスさんがもう着くようだよ。支度をしなさい。徳丸くんもね」


 青い鳥を外に放ったクロムは、そのまま壁にかけてあったフード付きのマントを手に取り、梁瀬と徳丸に差し出してきた。

 答えを得られずになんとなく、肩透かしを食らった気分のままそれを受け取ると、玄関へと向かい、ドアを開けた。

 

「それじゃあ行ってきます」


「戻ったら、早速取りかかることにしようか」


「えっ?」


「本来は、キミに教えるべき師があったのだけれど……そのかたはずいぶんと前に亡くなられてしまったからね。私が見てあげることにしよう。それならば、笠原夫妻も納得されるだろうからね」


 最後の両親が納得する、という意味がわらなかったけれど、クロムに教授願えるのはありがたい。


「是非、お願いします!」


 深く頭を下げてから、徳丸とともに森の入口へと踏み出した。

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