第70話 秘密 ~巧 1~

 一通り今後のことを話し合い、生活をするに当たっての注意点などをクロムとともに決めた。

 術の強さを知るために一度、穂高と徳丸と交替で鴇汰に回復術を施してみると、三人の中では巧が一番使えることがわかったけれど、効きかたが思った以上に強くて驚いた。


 小さなすり傷などは、三人が一巡したときには微かな傷痕が残っている程度だったし、梁瀬が後を継ぐと大きな傷もあっと言う間に塞がっている。


「ここはそういう土地だからね」


 クロムはそう言ったけれど、医療所で手当てをしてもらわなくとも、こうもあっさり傷を治せる力を怖いとも思った。

 しかも、聞けばロマジェリカでは土地の力の有無に関わらず、強い回復術を扱うものが何人かいるそうだ。


 戦っている最中にそんなヤツがそばにいたら、致命傷を与えて完全に命を断たないかぎり、何度でも回復されてしまうんじゃないだろうか?

 眠っている鴇汰の枕もとに椅子を寄せ、頬に残る傷を治しながら、額にかかった髪を払ってやった。


(そう言えば以前、麻乃が倒れたときにもこうして髪を払ってやったっけ……)


 そのあと、飛び起きた麻乃はひどく怯えていた。

 みんなを遠ざけるように尖っていた癖に、なにかが起きれば本気で心配をしてくれる。

 いつでも、小さな体に収まりきれない感情をもて余しているようにも見えたっけ。


 内側に抱え込んでいるだろうなにかが、麻乃を押し留めているようにも見えたけれど……。

 修治はそれがなんなのかを知っていたのだろうか。


 今、ロマジェリカで覚醒しているとして、外側の変化はジェの姿で想像がつく。

 けれど内側はどうなのだろう?

 クロムは麻乃が巧たちを拒む可能性を示唆していた。


『あんたたちみんな、大嫌い!』


 いつか麻乃がそう叫んだことがあったのを思い出す。

 本気で言ったわけではないと、あのときはわかっていたけれど……。

 肩にコツンと穂高の頭が当たった。


「ちょっと。この子、寝ちゃったわよ」


 壁際で、本を読み耽っている梁瀬と、その隣でウトウトしている徳丸に声をかける。


「慣れないことをしたせいだろうね。疲れたんだと思うよ」


「梁瀬、お前ちょっと足のほうを持て。このまま部屋へ連れていこう」


 二人で穂高を抱え上げて出ていった。

 外はいつの間にか暗くなり始め、徳丸たちと入れ替わりに入ってきたクロムが灯りを灯し、部屋の中がほのかに明るくなる。

 異臭がして思わず顔を上げると、クロムは大きなグラスに入った苔色の薬湯を手に、ベッドの反対側に立った。


「驚いたな。外側はもうほとんどの傷が癒えている。あとは内側だけれど、これは私が加わっても数日はかかるだろうね」


 感心したような口調でこちらに向かって微笑みながらも、手は鴇汰の首を持ち上げ、容赦なく薬湯を口に流し込んでいる。

 心なしか鴇汰の顔が苦痛に歪んだ気がした。


(……これはさすがに酷だわねぇ……)


 薬湯を口にしたときの味が鮮明に甦ってきて胃が重い。

 術をかけ始める前に一度、そして今、一体このあと何度飲ませるつもりなのだろう?


 鴇汰の表情とは逆に、クロムのほうは面白がっているようにも見える。

 穂高はクロムのことを良く知っているからか信頼しているように見えるけれど、巧は掴み難い雰囲気にまだ少し身構えてしまう。


「こういう姿を見てしまうと、この子を泉翔へ連れていったのは間違いだったのだろうかと考えてしまうな……いや、置いてきてしまったのがいけなかったと言うべきなのかな」


 ポツリと呟いた言葉に、どう答えていいのかわからずにいると


「鴇汰くんの最近の様子に、どこかおかしなところはなかったかな?」


 と聞かれた。


「おかしなところと言うか……数カ月くらい前から落ち着きがなくなった感じはします。それ以外は特になにも」


「そうか……」


 少しガッカリしたように椅子に腰を下ろして鴇汰を見つめている。

 その視線は温かみを持っていて、どれほど鴇汰を心配しているのかが手に取るようにわかった。

 子を持つ親の目と同じだ。


「あの……立ち入ったことをお聞きしますが、鴇汰はなぜ、泉翔へ……? あなたとなら、大陸で十分暮らしていくことができたんじゃありませんか?」


 大体の事情は知っている。

 それでもこの大陸で、こんなにも人目につかない場所へ住居を構えられるなら、わざわざ危ない航海をする必要はなかっただろう。

 なおかつ、まだ幼かった鴇汰を、泉翔へ置いていったことが理解できない。


「この子は目の前で両親を失ってしまってね。元々が内気な子だったせいもあって、当時は口もきけないほどに憔悴して……」


 どんなに場所を変えたところで大陸にいる以上、どうしても拭いきれないものがあるような気がした。

 二人きりで過ごすには鴇汰はまだ五歳を迎える直前で、当たり前に経験することもできなくなるような狭い世界に閉じ込めたくなかった、そう言った。

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