第69話 秘密 ~穂高 6~
そうだった――。
クロムは自分の手では無理だからと言って梁瀬の力を借り、それでもまだ足りなくて穂高のような些細な力でも欲していた。
ここを離れてしまって、そのあともしも戻ってくることができなかったら、鴇汰はどうなるのだろう?
泉翔は……?
「僕は何事にもタイミングがあると思う。今、出ていくのは無駄死にをしに行くだけだし、ここで逐一情報を拾って見極めれば、必ず勝機が見えると思うんだ」
「だから今は、ここで黙って待っていろっていうのか?」
「黙って待ってなんかいるわけないでしょ。僕らには僕らにしかできないことがある。情報を集めてどう動くか考えることも、鴇汰さんを回復させることもね」
テーブルに両肘をついて顔を覆った巧が大きな溜息をついた。
徳丸はもう諦めに近い表情で梁瀬を見つめている。
「もういいわよ……ヤッちゃんの言いたいことはわかった。私たちの言っていることのほうが無茶だってのもね。でも、ここは泉翔じゃなく大陸よ? 私たちにできることなんてないでしょう?」
「そんなことはない。キミたちにしかできないこともあるんだよ。特にジャセンベルには巧さんにしかできないことがある。ヘイトには梁瀬くん。そして二人を支えるのに穂高くんと徳丸くん、それぞれがなくてはならない」
「私に……? でも……私はそんな……」
ずっと目を閉じて聞き入ったままでいたクロムはそう言った。
穂高も徳丸もその言葉にはピンと来なかったけれど、巧と梁瀬は思い当たることがあるように見える。
「明日、ここへ二組の来客がある。この話しは、そのときまでに追々するとして……先に最後の問いに答えようか」
その言葉を待っていたかのように、部屋の片隅に立っていた銀髪の女性がポンという音とともに若草色の鳥へと姿を変えて窓を飛び出し、梁瀬のツバメがその後を追って飛び立っていった。
「鴇汰くんが目を覚ましたときに、最初に聞いてくるのは彼女のことだと思う」
全員が大きくうなずいた。
きっと、鴇汰は麻乃が捕らえられるのを目の前で見ているに違いない。
黙っているはずがない。
「話さないわけにはいかないし、と言って話せば、さっきのキミたちのように飛び出していこうとするだろう」
「そうでしょうね……あの子は直情型だから」
「なにしろ馬鹿な子だからねぇ……」
そう言ってクスリと笑ったクロムは、鴇汰に一人ではなにもしようがないことを諭すつもりでいると言った。
「実はね。修治さんと岱胡さんはうまく逃げて、泉翔へ戻ったようなんだ」
「修治と岱胡が? そうか……あの二人も無事だったか……」
「私は鴇汰くんを泉翔に帰して先に戻った二人の手伝いをさせたいと思っているんだよ。ここでは今、あの子にできることはなにもないからね」
「確かに泉翔ではきっと、二人が防衛の準備を始めているわね。と言って、二人じゃまとめるのも大変だろうと思います」
「一人ではなにもできないと悟れば、あるいは大人しく戻るかもしれない。けれどキミたちがここにいると知れてしまったら、気が大きくなって、きっと無茶をするに決まっている」
四人で顔を見合わせた。
見なくてもわかる。
絶対に鴇汰は止める言葉を聞き入れもせずに、ロマジェリカへ向かうだろう。
そしてそれを放ってはおけない穂高たちも、そのあとを追うことになる。
四人が五人になったところで、大きな変化はありようがない。
となれば、行きつく先は全滅だ。
手の足りない泉翔も苦戦を強いられることになり、大きな被害を出すだろう。
「だからキミたちには決して姿を見せないでほしいんだ。動き回るようになったら調理場のこちらと向こうで行き来を控えれば済むことだからね」
「わかりました。そういうことなら……でも俺たち、鴇汰に回復術を施さないといけないんですよね?」
「そうなんだよ、回復術を施してもらっているときに、うっかり目を覚まされたら見つかってしまう。だから私はね……」
おもむろに立ち上がったクロムは調理場に向かい、大鍋の蓋を開けてこちらを振り返った。
その目がまた、悪戯を含んだ色をしていることに気づいた。
他のみんなは気づいていなくても、穂高にだけはわかる。
これまで幾度となく騙されてきたその笑顔。
今度はなにを企んでいるのかと、つい身構えてしまう。
「さっきキミたちに飲ませた薬湯。これを更に強めにして作ったんだよ。これには強力な誘眠の効果がある。意識が戻っても目を開けることができないくらいに。そのぶん味も臭いも強力なわけだけれど」
強烈な臭いが調理場から漂ってきて、巧も徳丸も梁瀬も言葉を失っていた。
喉の奥で味が甦ってきて胃がシクシクと痛む。
穂高だけじゃなく、みんなが同じことを思ったに違いない。
(鴇汰……哀れなやつ……)
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