第71話 秘密 ~巧 2~

「それで思い浮かんだのがこの子の父親の知人でね。私も義兄を通して何度も会っていたから、彼を頼って泉翔へ渡ってみることにしたんだよ」


 鴇汰の両親のつてをフルに活用して、泉翔へ逃げる人たちとともに渡って来たそうだ。

 不意に会話の中に引っかかりを感じて、それがなにかを手繰ろうとしたときに、またクロムの言葉が続いた。


「泉翔はいい国だ。当時は本当に突然のことで、多くの人たちがロマジェリカを離れて泉翔へ向かったけれど、ほとんどの人が温かく迎え入れてくれた。もちろん、必ずしもそういう人ばかりではなかったけれどね」


 クロムは苦笑して肩をすくめた。


「……そうでしょうね」


 当時、巧はもう十四歳になっていた。

 南区にもロマジェリカ人にしか見えない容姿のものが増え、戸惑いを感じたのを思い出す。


 話してみれば、誰も彼も巧となにも変わらないとわかったけれど、そこにたどり着くまでには多少の時間がかかったのも事実だ。

 クロムも知人が南区に住居を構えていたことで、最初は南区で過ごしていたらしい。


「半年も経たないうちに、知人にちょっとした問題が起きてね。更に半年後に突然、西区へ越すと言い出して戸惑ったよ。一緒にどうだろうかと誘われて、とりあえず新しい住まいの様子を見に行ったんだ。西区には一緒に渡ってきた知り合いも腰を落ち着けていたしね」


 行ってみた先で、そこへ越さなければならない理由を知り、知った以上はついて行くことはできないと判断したと言う。

 知人の問題、南区から西区へ移る理由、西区に住む、ともに渡ってきた知り合い……。

 そもそも、その知人とは鴇汰の父親を介して知り合ったと言った。


(……大陸で知り合う? しかも何度も会っていると言った……その相手は頻繁に大陸へ渡っていたってこと?)


 羽音が聞こえて窓枠に若草色の鳥がとまった。


『若草色の鳥が幸運を運んでくるという言い伝えがあるのをご存知ですか?』


 そう言ったのは高田だ――!

 元蓮華の高田なら、毎年必ず大陸へ渡る。

 知り合う機会などいくらでもあっただろう。

 鴇汰の父親が泉翔人ならなおさらだ。


「まさか……知人と仰られた相手は高田さん……?」


「義兄と高田は幼馴染みでね」


 ある年に鴇汰の父親は、諜報として高田たちとともにロマジェリカへ渡ってきたと言った。

 城付近で二人は別れ、離れていた数日のあいだに鴇汰の父親は母親となるクロムの姉と出会ったそうだ。


 鴇汰の父親がロマジェリカに残ることを決めたとき、高田はひどく難色を示したけれど結局は押し切られる形で首を縦に振り、それからは毎年必ず顔を出してくれたと懐かしそうな笑みを浮かべている。


「姉が、泉翔でいうところの巫女のようなことをしていたせいで、義兄はロマジェリカに残る決心をしたのだけれど、結果、それが裏目に出てしまった……私にとっては家族が増えて嬉しいことだったけれど、無理を押しても泉翔へ行かせるべきだったと、今でも思うよ」


 まさかロマジェリカの王が混血であることを理由に、大勢を虐殺しようとは思っても見なかった。

 たまたまクロムが鴇汰を連れだしていたために、鴇汰だけは難を逃れた……。


 話しながら鴇汰の頭を撫でたクロムの表情は、薄明かりのせいでますます重く見える。

 身内をただ亡くしただけじゃなく、人の手で、しかも理不尽な理由で殺められたことが、余計に辛さを増すのだろう。


(それにしても……)


 知人である高田に問題が起きたというのは、時期的に考えて、きっと麻乃のことだと思うけれど……それが高田について西区へ越せない理由になるだろうか?

 麻乃の血筋を危ぶんだのだろうか?


 それとも鴇汰と同じように両親を亡くした麻乃を一緒にすることで、互いに及ぼす影響を心配したのだろうか?

 気になる事情が多過ぎてなにも言えず、ただクロムを見つめることしかできずにいると、バタンとドアが勢い良く開き、飛び上がりそうなほど驚いた。


「それじゃあ……あなたのお姉さんが、僕の両親が懇意にしていたかたで……鴇汰さんはそのかたのお子さんだったんですか?」


「ヤッちゃん……?」


 振り返ると梁瀬が顔を紅潮させて立っている。

 上着の内ポケットから手帳を出しながらクロムの元へと真っすぐに向かうと、それを突きつけるように差し出した。


「あなたがそのかたの弟さんなら……もしかすると、この中身をご存知でしょうか?」


「キミは笠原さんのご子息だったね。そうか、これを見たのか……」


 手帳を手に取り、繁々と眺めたあと、クロムは梁瀬の手にそれを返した。

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