第36話 襲来 ~岱胡 2~

 先陣がとうとう海岸に降り立った。

 思った以上の数を目の当たりにして、急遽、拠点との運搬係に保管してある予備の銃と弾のすべてを運び出してくるように指示を出した。


「先陣であれだけの数だから、残りの部隊が降りてきたら全員ひたすら撃ちまくって。ここに運ぶぶんは一弾も残さないつもりで構わない。もしも敵兵が拠点を見つけるようなことにでもなったら、俺たちの武器が味方を傷付けちゃうかもしれない。弾さえ使い果たしちゃえば、銃なんて役には立たないんだ。絶対に躊躇しないで」


「首尾良く済ませて次の拠点へ移動するときのために、自分のかばんには最低二箱は残しておけよ」


 岱胡のあとを継いで森本が移動のタイミングなどを説明しているのを聞いていると、後ろから肩をたたかれた。


「……岱胡隊長、なんでかやつら……庸儀の兵ですよ」


 振り返ると隊員の鶴居つるいが青ざめた顔で海岸を見つめている。


「そんなはずないっしょ? だって庸儀は西浜に上陸してる……」


 海岸に一気に雪崩れ込んできた敵兵は、確かに緑の軍服に身を包んでいた。

 おまけに、その部隊を率いているのは、あの赤髪のババアだ。


「なんで……? って、今はそんなことを考えてる場合じゃない! 全員配置に急ぎ、すぐに構え!」


 南浜に現れたのがなぜ庸儀なのか、一瞬の混乱が判断を遅らせた。

 それは海岸でも同じだったようで、本来は立ち合わずに堤防から退く予定が、ルートに入る寸前で敵兵の何人かに追いつかれてしまっていた。


「やばい! みんな早く撃て! 堤防に近づくやつらから狙うんだ!」


 そう言って岱胡は徳丸と巧の隊員に取り付いている庸儀の兵を次々に撃ち抜いた。

 それを合図に残りの隊員も一斉に引き金を引く。

 堤防付近の敵兵が一気に減り、味方が無事に退避できたのを確認した。


 本当なら三陣くらいまでは黙って通し、そのあとの部隊から最後に上陸をしてくる敵兵を潰すつもりでいた。

 こんなに早く敵に居場所を知らせては、危険極まりない。

 下手をすればここまで来られてしまうだろう。


 けれど、もうあとには退けない。

 このまま弾が切れるまで減らせるかぎりを減らし、次の拠点へ速やかに移動しなければ。

 ライフルを構えたままで、赤髪を探して視線を巡らせる。


(……いやがった)


 後方に着けた戦艦から出てきた小船に、車が積まれていたようで、その一台に大柄な男たちとともに乗り込んだところだった。


「車がいる。きっと騎兵も出てくるな」


 ポツリと呟くと、隣にいた森本がそのうちの数台に向かって撃ち込み、タイヤを潰した。

 そのせいでまだ降りきっていない車が立ち往生している。


「やるじゃん」


「あれより向こうは、さすがにここからじゃ届きませんからね、せめてあのあたりのくらいは潰してやらないと」


「うん、歩兵だけだなんて端から思っちゃいないけど、たくさん出て来られちゃ厄介だからね」


 庸儀の兵は思ったとおり、こちらが退いたのを見て逃げたと考えたらしく、変に士気を上げている。

 あおっているのは赤髪のババアで、車が少しくらい足止めを喰らったところで問題ないと判断したようだ。


 それでも銃弾を受けていることはわかっていて、一部の敵兵は距離を取った場所からルートへと流れていった。

 詰所に向かっていく集団もいるところを見ると、物資をここでまかなうつもりだというのは本当のことのようだ。


 雑兵の半分近くが海岸を離れたころ、今度はどうやら士官クラスらしき部隊が上陸を始めた。

 それとともに積み荷もいくつか降ろされている。

 誰よりも早く海岸を離れると思っていた赤髪のババアが、いつまでも残っているのが意外だ。


 先陣が堤防を抜けて結構な時間が経った。

 できるなら士官クラスのやつらを多く減らしたい。

 今いるメンツから三分の一を鶴居に任せ、先に拠点へ移動させることにした。


「向こうでおおよその兵数と、今の状況を知らせて準備をさせて。あとから行くのは士官クラスだって知っていれば対処が早くなる。それにもうすぐ日が暮れる。やつらひょっとすると進軍しないで海岸で夜明けを待つつもりかもしれない。そのことも伝えておいて」


 そうしているあいだにも雑兵は次々にルートを進んでいく。

 その中に見覚えのある顔をいくつか見つけた。

 違和感が膨らんでくるのに、それがなんなのか思い当たらない。


「こっちは弾の在庫がなくなり次第、移動するから」


「わかりました。夕暮れ時は視界が悪くなって厄介ですから、十分気をつけてくださいね」


「うん。夜にやつらが動かないようなら、俺もここで夜明けを待つよ。そのときは連絡を入れるから」


 うなずいて隊員たちを引き連れ、離れていく鶴居を見送った。

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