第34話 襲来 ~鴇汰 2~

 ひんやりとしたものが額に触れ、驚いて飛び起きた。

 そこで初めて鴇汰は横になっていると気づいた。


「……あれ? 俺、なんで……」


 周りを確かめるように眺めて手で触れると、ソファに横になっていたようだ。

 起き上がった弾みで落ちた濡れタオルを拾いながら、橋本が心配そうに顔を覗き込んできた。


「なんで、じゃないですよ……急に倒れるから、こっちは心臓が止まる思いだったんですからね」


「倒れた? 俺が?」


「ええ。本当に急に。なんだか熱っぽいし……」


「熱? いや、でも俺、今すげースッキリしてるぜ?」


 立ち上がって自分の体を確かめるように、腰を捻ったり腕を伸縮させたりした。

 どこも痛まないし、むしろいつもより調子良く感じるくらいに体が軽い。


「しっかり睡眠取っていたんですか? こんなときだからと言って無理をしているんじゃないでしょうね?」


 橋本の向こう側で相原が、血色の悪い真顔で問いかけてくる。


「いや、昨夜はしっかり寝た。確かに俺も緊張はしてるけど、その辺の自己管理は怠ってねーよ。けど……驚かせて悪かった」


「本当でしょうね? 具合が良くないなら、はっきりそう言ってもらわないと困ります」


「ホント、大丈夫だって。それより俺、気を失ってたのか? どのくらいの時間が経ってる?」


 窓の外はまだ明るい。

 まさか一日が過ぎたということもないだろう。


「そうですね……五分は経ってないですけど……ですが時間の問題じゃありませんよ」


「わかってるって」


 五分程度ならなんの問題もないだろう。

 直前のことを思い返した。

 妙に気が急いて、感覚が研ぎ澄まされるようだったのは覚えている。


(本当に体調や気分になんの変わりもないのか?)


 ふと、クロムが変に鴇汰の体調を気にしていたのを思い出した。


(まさか――大陸での怪我のせいで、なにかあるとかいうんじゃねーだろうな)


 けれど、万が一にもそうだとして、あのクロムがそれを放って自由にさせてくれるとは考え難い。

 なんだかんだと難癖を付けて大陸から離れなかっただろう。


 泉翔へ戻ることを許された以上、鴇汰の体の状態は万全に違いない。

 それなのに、なんだって急に倒れたりしたのか……。

 心配そうに鴇汰に向けられる視線をしっかりと見返した。


「とにかくなにもない。俺のことは心配要らないからな。それより――」


 言いかけたとき、会議室のドアが勢い良く開き、大野が飛び込んできた。


「隊長! とうとう来ました! 監視隊からの連絡で沖に敵艦の姿が確認できたそうです!」


「――来たか!」


 全員の視線が鴇汰に向く。

 開いたドアの外は行き交う隊員たちの足音が響いている。


「予備隊、訓練生のやつらを引き連れて堤防へ向かえ。互いに声をかけ合って手順に沿って行動してくれ。それから監視隊のやつらはすぐに退避させるように。ルートは知らせてあるな?」


「はい! 演習場を通って峠付近に車を待機させ、中央までのルートを確保してあります!」


「よし、それから居住区へも連絡を急げ。向こうでは各道場の方々や、けやき沼で印の出た方々が控えている。敵兵を通す気は更々ないが、万が一のこともある」


「わかってます。十分に警戒するよう、危ないと思ったら速やかに引きあげるように伝えます」


 残っていた訓練生数人に各所へ連絡をさせ、そのまま最終拠点へ移動するように指示を出した。

 ベルトに括りつけた鬼灯の革袋を、もう一度しっかりと結び付け、虎吼刀を背負った。


 相原を始め、大野たちもそれぞれの武器を手に、次々に会議室を出ていった。

 梁瀬と岱胡の隊員には、視界の良い堤防から離れた場所を確保して待機するように指示を出し、配備させた。

 全員が出ていったのを見届けてから、穂高の隊員を伴って詰所を出た。

 詰所の前には、堤防で迎え撃つメンツが集合している。


「全員、忘れずに手順に従え! 決して単独行動はするなよ! 怪我人が出たら速やかに拠点へ退避させる。深追いはしない。それだけは絶対に忘れるな!」


 革袋の上からグッと鬼灯の柄を握り締め、鴇汰の隊員と穂高の隊員それぞれに、予備隊と訓練生を均等に振りわけて小隊を作り、堤防へと向かった。

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