第32話 襲来 ~修治 2~
「今は、ここで対応できるすべてを整えておくしかないだろう。居所はわからなくても、さすがに上陸してくるときには沖でその姿が確認できるんだからな」
「そうですね……明け方は潮が満ちた状態です。かなり近いところまで寄せられてしまいますが、どうしますか?」
川崎の問いに砦の存在を思い出した。
ずいぶん前に一度、庸儀に崩されたけれど、そのあと修繕が入って建物だけでなく砲台も新しくなった。
ロマジェリカ戦のときには手入れもされていなかった状態で、そこそこの成果を上げていることを考えれば遥かに利用価値が上がっている。
麻乃がいるぶん、一番不利だと思っていたけれど、これで他の浜にも引けを取らないだけ優位に立てそうだ。
「場合によっては砦が使えるだろう。以前に崩されたとき、修繕で砲台も新しくなっている」
「ということは、砲撃が可能ってことですね?」
「砦だけに頼るわけには行かないが、それでも初動で幾分か戦力を削ることができればしめたもんだ」
「今は砦のあたりは一般のものが詰めていますが、このまま彼らに任せて大丈夫ですか?」
「そうだな……敵艦が沖に現れてから射程距離に入った時点で、ありったけの砲弾を撃ち込ませたあと、すぐに柳堀へ退かせるように指示を出してくれ」
「わかりました」
「決して深追いはさせないこと。上陸をしてすぐに砦に敵兵がたどり着くことはないが、退避時間を十分に持たせたい」
そう言って修治の隊の古株である神田に砦へ連絡に向かわせた。
窓の外が薄明るくなり、時計は六時になろうとしている。
もういつ上陸されてもおかしくない。
それなのに未だに監視隊からの連絡はない。
「中央や他の浜からもなんの連絡もないな……」
「どこか一カ所でも動きがあればすぐにわかる手筈になってます、それがないということは、やっぱりまだ北にも南にも現れていないんでしょうね」
「俺たちはともかく、予備隊や訓練生の状態が心配だな。張りつめたままじゃ、精神的な疲労がでかいだろう」
「ですが、休ませているほどの余裕は……」
「わかってる。とりあえずは気をつけてみてやるよう、全拠点に連絡を入れておいてくれ」
「はい」
連絡に出ていった隊員の背中を見送ってから、川崎にあとを任せて海岸の様子を見ることにした。
ジッとしていることが苦痛だった。
しばらくのあいだ、手放していた炎魔刀を帯びていることも、それが抜けてしまったことも修治の中ではとてつもなく重い。
それを隊員たちに悟られたくなくて一人で出かけようと思ったのに、隊の古株数人が、あとを追ってきて連れ立って出かけることになってしまった。
こんなときに気を使わせている自分の不甲斐無さが情けなくもあり、こうしてなにも言わなくても添ってくれる存在があることをありがたいとも思う。
(だからこそ……失うわけには行かない……例え、相手が麻乃であろうと、この島のどこも崩させはしない)
濃紺から淡い青に変わり始めた空を見上げ、そう思った。
「今にも雨が降り出しそうだったのが、嘘のように雲一つありませんね」
隣で古株の一人でもあり、同じ歳の近江が呟いた。
修治の部隊は年長者が多い。
性格上、賑やかなのは嫌いじゃないけれど得意ではない。
落ち着いたタイプをと思って選んでいたら、年長者に偏ってしまった。
そんな中で、修治と同じ歳であり出身も西区の近江は、川崎や神田たちとはまた違った意味で近い存在だ。
「今日は冷えて空気が澄んでるぶん、遠くまでクリアに見えるな。これなら監視隊も敵艦を確認しやすいだろう」
「……こうして見ると、いつもとなんら変わりがないですね。とても敵艦が近くまで来ているとは思えないですよ」
「そうだな」
寒さのせいもあるのだろうか、近江の体が少し強張って見えて苦笑した。
「なんです?」
「おまえ、珍しく緊張してるな?」
「そりゃあそうでしょう? そういうあんただって、いつもと違って見えるんですから。俺なんて正直なところ、こうして立ってるのがやっとですよ」
そう言いながらもまだ他の隊員たちに比べれば、軽口をたたける余裕はあるようだ。
些細なやり取りがほんの少しだけ気を楽にしてくれる。
冷たい風が吹き抜ける海岸を堤防から見降ろし、落ち着かない思いを必死に抑えた。
今ごろ、鴇汰と岱胡はどうしているだろう?
鴇汰は冷静さを保っているんだろうか……。
岱胡は体調を崩したりしてないだろうか?
中央からの連絡はもう届いているはずだ。
修治と同じように、なかなか上陸してこない三国にジレンマを感じているかもしれない。
行動をともにしていない以上、様子もわからないし声をかけることもできない。
大陸を離れるときに感じた思いが胸の中に広がった。
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