再会

第11話 再会 ~多香子 1~

 早めに出かけたつもりでいたのに、気がつけばもう日暮れで、あたりは陽が落ち始めたせいで薄暗く感じる。

 車ならもっと早く着いたし荷物も積めた。

 けれど今日にかぎって車が一台もなかった。


 馬でももう少し早く着いただろうけれど、今の多香子の体調では馬は無理だと感じ、仕方なく歩いてきた。

 父や義母の房枝に見つかると止められそうな気がして、黙って出てきてしまったことに、少しだけ罪悪感を覚える。


(でも……)


 麻乃の家の玄関を開け、中に入った。

 散らかっているかとも思ったけれど、中は片づいて奇麗なままだ。


 この家のことは良くわかっている。

 麻乃が宿舎に入ってから、風を通しに来たり片づけをしたり、麻乃が帰ってくると連絡を受ければ、掃除をしてすぐに使えるようにしていたのも全部、多香子だ。


 一番奥の部屋で、まずは麻乃の両親の写真をかばんに詰めた。

 今日ここへ来たのは、避難をする前に麻乃の大切にしているだろう荷物を持ち出すためだった。

 敵国が襲撃してきて、万が一にもこの家が荒らされてしまうような事態になっても、大事なものさえ持ち出してあれば、あとで麻乃が困らないだろう。

 そう思った。


 けれど、麻乃が大切にしていたものがこの中のなんなのか、それを選別することが難しい。

 家の中にはもう陽も差し込まず、灯りを点けて各部屋を覗いた。


「とりあえず……ご両親のものだけでも持ち出しておけば問題はないかしら……?」


 書棚を眺め、古いアルバムを数冊取り出し、机に置いて中を確認した。

 麻乃の両親のアルバムと、まだ幼かったころの麻乃の写真だ。

 時折、修治や弟たちが写っているものもあった。


 ページをめくりながら、初めて麻乃と会ったときのことを思い出した。

 突然、父が蓮華を引退し、自分の出身区であり自宅のある南区から引っ越し、西区の道場へ身を寄せると言ったときは驚いた。


 多香子自身、まだ十二歳という大人とは到底いえない年齢で、普段から家にいない父と既に亡くなっていた母の代わりに、良く面倒を見てくれたご近所の人たちと離れ、まったく知らない土地に来るのも嫌だった。


 けれど引っ越してきてみれば、西区の人たちは穏やかでいい人ばかりで、修治の両親を始め、すぐに打ち解けることができた。

 父と同じ部隊に所属していて、良く自宅に顔を出してくれていた塚本や市原が引退してから道場へやって来ると、自然と多香子の居場所が確立され、毎日が楽しく感じた。


 そんな中で麻乃だけは、いつも一人で遠くにいたり修治の背に隠れていたりで、話しかけても反応が薄く嫌われているのかと思うことが多かった。


 父から麻乃の事情を聞いたとき、決して嫌われているわけじゃないと知り、それからは根気強く話しかけ続けた。

 気がつけば、麻乃は修治のそばにいるのと同じくらい、多香子のそばにもいるようになった。


 年を追うごとに会話が増え、話題も増え、時折見せるはにかんだ笑顔や多香子を呼んではあとをついてくる姿が、妹のように思えてかわいくて仕方なかった。


 父の意向でほかの道場に通っていたせいで、麻乃や修治がどんなふうに稽古をつけられていたのか、まったく知らずに十六歳まで過ごした。


 洗礼で印を受けることもなく、その後は道場の中で掃除や食事の手伝いを始めると、二人が他の子どもたちとは違い、とんでもなく厳しい稽古をこなしていると知った。


 時に松恵が。

 別なときにはおクマがやって来ては、一日中、倒れるまで剣を交わしている。

 修治はともかく、麻乃は女の子で、まだ十歳……。


 最初のうちはとても黙ってみていられず、父やおクマに喰ってかかっては止めに入ったりもした。

 まるで聞き入れてもらえずに憤慨したことも多々あった。

 それがある日、稽古が済んでから裏門の脇に隠れるようにして身を小さくして座り込み、声を殺して悔し泣きをしている麻乃を見た。


(この子は自ら望んで強くなろうとしているんだ……)


 見ているだけでも辛そうなのがわかるのに、なぜそこまでしなければならないのか、と感じたし理解することはできなかった。

 ただ、その思いの強さと覚悟は十分過ぎるほど見て取れた。

 それからは余程のことがないかぎりは、黙って見守ることにした。


 結果、麻乃はその年齢以上、性別の差をも超えて腕を上げ、洗礼では蓮華の印まで受けている。

 それがいいことなのかどうかは別として、麻乃自身が成長していくのを見ているのは、多香子の中ではとても嬉しいことだった。


 修治のこともそうだ。

 麻乃に向ける視線が他に対するものとはまったく違っているのに気づいていたし、麻乃が洗礼を受けたあと、二人のあいだには更に強い繋がりができたことにも気づいていた。

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