第10話 安息 ~マドル 10~

「そう言えば昨夜の庸儀の方々ですが……」


「あ……はい。あれらの始末は済んでいます」


「そうですか、助かりました。では、今日はもう休んでください。それから明日ですが、私は出発まで少しばかり休ませていただきますので、なにか問題があったときのみ連絡を寄越してください」


「はい。わかりました」


 一人になった軍部の部屋で椅子にもたれ、泉翔に上陸してからのことを考えた。

 まずはぬかりなく中央部まで進む。

 泉翔の兵がどれほどに防衛力が強くとも、三方向からこれまでにない数の兵を送り込むことで、立ち行かない状態にできる。


 そのことは抜き出した情報からもうかがえる。

 どんな想像をしているかはわからないけれど、さすがに今回ほどの兵力をもって攻め込まれようとは考えていないだろう。


 そのうえ、士官クラスのものは半数以上を始末してある。

 穴のないはずがない。

 庸儀の兵と一緒では不安な部分も多々あるけれど、マドルは独自に進軍をすれば、難なく中央までたどり着けるだろう。


 仮に泉翔の兵が思う以上に動いたとして、こちらの兵がどれだけ減らされようとも、マドルと麻乃さえ無事に中央までたどり着けばなんの問題もない。


(泉翔人はどこまでも温い……麻乃を相手に本気になれるとは思えない)


 麻乃の腕前から考えても、どれほどの障害があっても中央へ進んでくるだろう。

 気になることがあるとすれば、修治の存在くらいだ。


 それも覚醒した今、障害になるとも思えない――。


 以前はもう少しゆっくりと事を運ぶつもりでいた。

 けれど今は、一刻も早くすべてを手にしたい。

 空になった部屋をあとにして、今度は城内の自室へ戻ってきた。

 ここでも同じように書類や本を処分してから眠りについた。


 ロマジェリカに戻ってから、睡眠を十分に取ったせいか体に疲れはまったく残っていなかった。

 約束通り麻乃の部屋を訪れ、昨日と同じように特になにも話さずとも、ただそこにその存在を感じていた。


 昼前に一度、女官を伴って部屋を出た麻乃は、恐らくまたリュの墓へと出向いたのだろう。

 それも今日かぎりのことだ。


 他愛のない話しをし、笑う……。

 それだけの行為がなぜこんなにもマドルの内側を揺さぶるのか、わからないまま夜を迎えた。


「そろそろ私は庸儀へ出発する時間です。お手数をおかけいたしますがご足労願えますか」


「あぁ……そう言えば引き合わせがどうとか言っていたね」


 ドアを開けて促すと、麻乃は面倒臭そうに腰を上げた。

 女官を伴い、軍部まで来ると、やはり誰もが気になるのか、ロマジェリカの兵は一人残らず軍部に集まっていた。


 まずは建て前上、上将に紹介をする。

 そのあと、全兵に麻乃の存在を知らせたうえで、いくつかにわけた班のうちの一つを麻乃の前に立てた。


「この兵たちを貴女と一緒に行動させます。足手まといになるような未熟な兵は選んでいないつもりです」


「ふうん……別にあたしは一緒に動く兵なんて、必要ないけれどついてくると言うならそれでも構わない……ついて来れないやつは容赦なく置いていくし、自分の命の面倒は自分で見ることだ」


 キッパリと言いきった麻乃を、兵たちは真顔のままで見つめている。

 この様子だと中央まで必死に喰らいついて行くだろう。


「それから、こちらのものですが……私の側近の一人で回復術に一番長けています。出航後の判断など、すべて任せてありますので、なにかあった際には彼に仰ってください」


 麻乃は集まった兵たちに視線を巡らせたあと、興味なさそうにうつむいた。


「くれぐれも、無理だけはしないようにお願いします。次にお会いするのは泉翔の中央部になりますが、どうぞご無事で」


「あなたも……あまりうちの国を侮らないほうがいい。精々頑張って中央にたどり着くことだね」


 本当にどこまでも言葉が厳しい。

 それでもそばにいた時間があったぶん、口調から多少なりともその内側を覗き見ることができるようになった、と思う。


「二日間だけでしたが、私はこれまでにないほど穏やかな時間を過ごした気がします。不思議と悪い気分ではなかった……この先に起こるすべてのことをクリアすれば、またあの時間を過ごせるのかと思うと、どんなにか辛くても乗り越えられそうな気分になります」


「泉翔の大陸侵攻を止めれば、そんな時間などこの先いくらでも持てる。誰もが普通に感じる当たり前の時間を……」


「是非ともそうあってほしいものです」


 そう言って用意された車に乗り込んだ。


(悪い気分ではなかった……そう。悪くない……本当に……)


 そんな思いを抱えながら走り出した車の後部席で後ろを振り返り、小さくなっていく麻乃の姿を見つめた。

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