第2話 安息 ~マドル 2~

「マドルさま、やはり泉翔は防衛の準備を始めています。各浜とも少数ではありますが、物資や資材の確保が進んでいるようです」


「……そうですか。そちらのほうは想定内ですから問題はないでしょう」


「では引き上げてしまっても?」


「いえ、それはもう少し様子を見てからにしましょう。大陸を離れるまでは状況を把握できるようにしたいと思います」


「わかりました」


 側近が出ていくのを待ってから、将校たちを振り返った。


「泉翔側に一日でも時間を多く与えることは好ましくない結果を招きかねません。予定を早めて三日後の出航に切り替えるよう、各国へ連絡を取りましょう」


「それは……急ぎ手配はしますが、庸儀は本当に大丈夫なのでしょうか?」


「ええ、最悪の場合を考えてヘイトには物資を余分に準備していただけるようにお願いしてあります。詳細においても各国への指示は通っていますから、出航日の変更があってもすぐに対応していただけるでしょう」


 ヘイトが三国で一番、資源が豊富なのは誰もが知っている。

 そこから援助があるとわかって全員が安心したようだ。


「では、三日後で進めるように手配をしましょう」


 バタバタと数人が飛び出していった。

 麻乃たちが泉翔を発ってから、念のためにと細工をしておいたのは正しかったようだ。

 ほしいときに情報が引き出せるのは、なにをするにも助かる。


「私はあさっての夕刻には庸儀に向かいますので、そのあとのことは滞りのないようお願いします」


「例のかたはどうすれば……?」


「あのかたへは、今日中に私から予定を伝えたうえで側近に任せます。間違いなく船にさえ乗せていただければ、あとはあのかたご自身で判断されます」


「一部隊をつける予定になっていますが、しっかり率いていただけるのでしょうか?」


「それも承知しているでしょう。もう一度、念を押しておきますので心配は要りません」


 伝承でしか紅い華の存在がわからず、これまで目にしてきたのがジェだけだからか、兵たちが若干の不安を抱いているのを感じる。

 自由奔放で身勝手な振る舞いばかりをしてきたジェを基準にして麻乃を見ているならば、それも仕方のないことだろう。


 出航前に一度、麻乃と顔を合わせておいたほうがいいのかもしれない。

 本人も、当日になって急に自分につけられる兵と引き合わされるよりはやりやすいだろう。


 さっきは眠っていたようだった。

 時計に目をやると、もう九時を過ぎたところだ。

 女官の話しでは毎夜出かけているらしいけれど、もう部屋に戻っているころだろうか。


 立ち上がり、兵には十分に休息も取るようにと指示をして軍部を出ると、半ば駆け足で渡り廊下を城へと向かう。

 裏門へと続く脇道から、なにか聞こえた気がして足を止めた。

 立ち止まり、周辺の暗闇に目を凝らしても特になにも見えない。


 気のせいかと歩き出したところで、庸儀の兵が侵入していたことを思い出した。

 今度こそマドルを呼ぶ声が耳に届き、嫌な予感に裏門のほうへ向かった。

 走り出してすぐに女官と行き会った。

 勢いでぶつかりそうになり、倒れかかった女官を抱きとめると、肩が震え青ざめた顔をしている。


「どうかしたのですか?」


「庸儀のかたが……大勢……藤川さまに……」


 案の定、麻乃を狙ってきたようだ。

 毎晩、墓へと足を運んでいたのを知ってか知らずか、森に潜んでいたらしい。

 腕を取られて捕まりかけたところを麻乃にかばわれて逃げるように言われ、人を呼ぶために必死に走ってきたと言う。


(自分の身をも守れないものが、近くにいると思うだけで気が削がれる)


 女官の身を気遣って逃がしたのか、本当に邪魔だと思って下がらせたのかはわからない。

 どちらにしろ、行き違いになってしまわずに済んで良かった。

 女官には部屋へ先に戻るように言い含め、マドルは急いで城の裏手に回った。

 森の入口にひっそりと佇む墓の周辺には人影はない。


(森の中へ入ったのだろうか?)


 所々に緑があるだけでほとんどが立ち枯れている森の中は、人影があればすぐにそれとわかるけれど、今は夜だ。

 時折揺れる木々の影でハッキリと判断が付けられない。


 立ち止まってジッと気配を手繰った。

 森の中からはなにも感じない。

 不意に背後から強い気配を感じて振り返った。


 たった今、通り過ぎてきたばかりの渡り廊下を、城のほうへ向かっていく麻乃の後姿が見えた。


「――麻乃!」


 つい姓ではなく名前が口をついた。

 振り返った麻乃の表情はひどく冷たく見える。

 急いで駆け寄ってホッと大きく深呼吸をした。

 もともと走ることなど滅多にしないと言うのに、今夜だけでずいぶんと走った気がする。

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