動きだす刻
安息
第1話 安息 ~マドル 1~
暗闇の中、車を走らせてしばらく経ったころ、大分離れたあたりに砂埃が立ち、車のライトがチラチラと見え隠れしていることに気づいた。
どうやらマドルたちを追ってきているようだ。
側近に声をかけて車を停めさせ、近づいてくる相手を確かめた。
「あなたは……こんなところへ、なんの用です?」
追って来ていたのはジェの側近だった男で、リュの亡骸を埋葬する手伝いをしていた一人だ。
「実はどうするべきか迷った。けれど話し合った結果、知らせておくべきだと考えて追って来た」
「なにか問題でも?」
「あんたがこの国にまだとどまると思ったんだろう。ジェさまは数時間前に十名の兵をロマジェリカに送った」
「馬鹿なことを……」
高々、十名程度で麻乃をどうにかしようと考えたのか。
どうせ新しく引き立てた兵だろう。
今の麻乃なら難なく倒すに違いない。
想像するまでもない結果と、ジェの浅さに小さく笑った。
「あの人はどうやら相当な腕前のようだが、今日、送られたのは全員力が強い大柄なやつらばかりだ。一斉にかかられたら、あんな小さな体では、いくらあの腕前でも危ないんじゃないだろうか?」
笑いを漏らしたマドルに対して、男は苛立ちと怒りを含んだ視線で睨んでいる。
確かに、どの程度の体格差があるかわからないだけに、場合によっては危険かもしれない。
「わかりました。私はここから急いで戻ります。貴方のほうは城へ戻り引き続き、準備をお願いします」
「言われるまでもない」
言いたいことだけを言い、さっさと車に戻って走り去ってしまった。
「今の話し、聞いていましたね? 出せるかぎりのスピードでお願いします」
後部席に乗り、側近にそう頼んだ。
男は話し合ってここまで追って来た、そう言った。
独断ではなく、遠ざけられたものが全員で判断したのだろうか。
(たかがあれだけの行為で、あんなにもジェに執心していたものが裏切りとも言える行動に出るとは……)
マドルに対しての態度は、これまでと変わらないと言うのに。
(やはり本物は違うということか――)
ロマジェリカまでの道中は、側近が二人で交代をしながら一晩中走り続けてくれたおかげで、陽が落ちかけたころには城へ戻ることができた。
なによりもまず、麻乃の部屋へと足を運ぶ。
ノックをすると中から女官が顔を出した。
途端にむせ返りそうなほどの甘い香りが押し寄せてきて、軽く咳払いをした。
「凄い香りですね」
「はい。この花だけは豊富に咲いているからとまとめて摘んで来られました」
「あのかたがですか?」
女官はうなずき、あの日以来ずっと毎晩、絶やすことなくリュの墓へ花を供えに出かけていると言う。
自分がいなくなればどうせ誰も訪れることはないだろうから、せめてここにいるあいだくらいはなにかしてやりたい、そう言ったそうだ。
「毎晩……ということは今夜もですか?」
「そうされるおつもりかと思います」
「今、あのかたは?」
「お休みになっていらっしゃいますが……」
ジェが送ってきた兵はまだなにもしていないようだ。
もしかするとどこかで追い抜いて、マドルのほうが先に着いたのかもしれない。
万が一のことがあっては困るからと急いで戻ってみれば、当の本人は毎夜ごとに出歩いていて、今夜も出かけるつもりでいるらしい。
しかも、あんな男のために。
体の奥底から苛立ちが込み上げてきた。
「今日になってからなにか変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、特にありませんでした。お一人でなにかされようということもなく……ただ、少々時間を持てあまされていらっしゃるようで、私どもの手持ちから何冊か本をお渡ししてあります」
出かける場所はかぎられているうえに一人で抜け出すこともない。
確かに暇ではあるだろう。
リュのところにしても、マドルの言ったことを守って女官を伴っている。
思わず緩んだ口もとを、ギュッと引き締めた。
「わかりました。出航まではあと数日ですが、私のほうでも時間をつぶせそうな本を探しておきましょう」
施錠だけはしっかりしておくように言い含めて部屋をあとにした。
そのまま軍部へ向かい、そこでもなにか変わったことや、尋ねてきたものがいないかを問うと、特になにもないと言う。
ホッとして椅子に腰を下ろし、将校たちを集めて出航の準備状況を聞いた。
「こちらでの準備はほとんど完了しています。明日を含めて三日後には確実に出航が可能です」
「そうですか。ヘイトのほうも明日中には準備が整うようです。庸儀が少々心配でしたが、そちらもこの二日のうちには整うでしょう」
「では、出航は予定通り四日後でよろしいですか?」
将校の問いかけに答える前に、側近の一人が耳打ちをしてきた。
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