迫り来る時

第182話 迫り来る時 ~鴇汰 1~

 頭のてっぺんがズキズキと痛む。

 加賀野を追いながら、修治でさえも時々頭に触れているところを見ると、やっぱり鴇汰と同じように痛むんだろう。


 加賀野は妙に急いでいる様子で早足で進む。

 岱胡が加賀野の背中に向かって尋ねた。


「あの……うちの先生、一体どうしたんですか? 今朝、ここに来るはずでしたよね?」


「尾形さんは城内で足止めを喰らってる」


「足止め? 近衛がなにか言ってきたんですか?」


 修治の問いかけを聞いた加賀野の背中から、怒りが噴出したように見えてゾッとした。


「昨夜、尾形さんが皇子を送ったあとすぐに、上層のやつらが籠城しやがった」


「籠城? そんな……まだ襲撃もされていないのに……」


 自分の師が巻き込まれて城内に留まっているのがショックだったのか、岱胡はそう言って黙りこくってしまった。


「皇子の話しでは城内にいる働き手の避難はこれからのようでしたが、彼らはどうなるんですか?」


「さっきのサツキさまの話しを聞いただろう? やつらは本当に自分たちと一部の人間さえ無事ならいい、そう思っていやがるんだよ。下で働いてる人たちのことなど考えてもいないんだ!」


 その声の大きさにも驚いたけれど、なによりまず上層だ。

 こんな時期に籠城したところで、大陸からの侵攻はまだ数日先の話しで、なんの意味も成さないはずなのに、一体なにを考えているのか。


「この件はサツキさまたちも動いてくださる。あとは中央に詰めている元蓮華たちで対応していく手筈がついた。一刻も早く尾形さんと連携を取って、城内の皆を避難させなければならないからな」


「それじゃあ俺たちも……」


「馬鹿を言うな、おまえたちはこれからすぐに各浜へ移動だ」


「でも……」


「こっちのことは任せて、進軍ルートのチェックやどこでどれだけの敵兵をたたくのか、しっかり決めておくんだ」


 そう言われてしまうと従うしかない。

 残り時間も少ないうえに実戦が未経験のものもいる。


 鴇汰が提案した以上はしくじることのないように、確実に敵兵をつぶさなければいけない。

 最初の段階で失敗でもしようものなら、あとはなし崩しでこちらが不利になってしまう。


(絶対にそれだけは避けなきゃ駄目だ。負傷者だって……できるかぎり少なくしなきゃ……)


 北浜から中央へ向かうあいだに続く森を思い返した。

 北浜には一番多く詰めているはずなのに、鴇汰が思っている以上に周辺の地理関係が曖昧だ。


 考えてみると、演習場は北浜よりも東や中央を使うことが多かった。

 だからと言ってそれが理由にはならないのは十分にわかっている。


 相原に頼んで周辺のチェックはしてもらっているけれど、鴇汰を含めて北浜に詰める全員が、もう一度ちゃんとルート沿いの地形や状況を見ておいたほうが良さそうだ。


 銃や弓の部隊は岱胡の隊のやつらが仕切ってくれるようだし、一般の方々や訓練生は元蓮華たちが手を貸してくれる。

 残りの予備隊、穂高の隊員、鴇汰の部隊……。

 一人でどれだけまとめあげることができるのか。少しばかり不安が過ぎる。


 前髪を掻き上げた手をそのまま頭に滑らせた。

 脳天がズキンと痛んで顔をしかめ、指の腹で痛んだところをソッと探るとコブができていた。


 道理で痛むはずだ。

 鴇汰は一人、苦笑いをしながら歩いた。

 宿に戻って荷物を抱え、花丘の入り口まで来ると、もう移動用の車が準備されていた。


「それじゃあ各自、十分に準備を進めておけよ。それからなにかあったときには、まず中央の俺を通せ。そのほうがスムーズに事が運ぶ。こっちも進展がある都度、元蓮華を通して連絡を入れよう」


「わかりました」


 迎えの車に荷物を積み、乗り込もうとしたところで鴇汰は修治に腕を掴まれた。


「なんだよ?」


「おまえ、なにかする前には必ず一呼吸置いて冷静になれ。深追いは厳禁だ、必ず無事でいろ」


「あぁ? あんたなにを言ってんだよ?」


「いいから黙って聞け。振り返りもせずに突き進むのだけは止めるんだ、いいな? それから――」


 急に真顔になって黙った修治は、つと視線を逸らした。

 なにを言おうとして止めたのか気になって聞き返した。


「それから? なんなんだよ?」


「いや、いい。とにかく、絶対に……なにがあっても、必ず生き残れ」


「あんたに言われるまでもねーよ、はなからそのつもりだ」


「……上等だ」


 いつものように笑った修治は鴇汰の肩を軽くたたき、そのまま西浜へ向かう車に乗り込んでしまった。

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