第181話 記憶 ~修治 2~

 そうだ――。


 鈴の音が、梁瀬が良く言っていた下準備だったとしたら、どうして梁瀬の術は効かなかったんだろうか?


 それに庸儀が攻め込んできたとき、麻乃が暗示にかかっている様子だったと巧は言っていた。

 今思うと巧が正しかったのがわかる。

 ただ、リュの術はどうして効いたのか。


「駄目だ。どれだけ考えても術のことは俺にはさっぱりわからない」


「俺も同じだよ。なにしろ丸っきり使えねーしな」


 鴇汰が苦笑いをしながら肩をすくめた。

 岱胡のほうも話しは済んだようで、加賀野が何度か首を捻りながら一人大きくうなずいた。


「とりあえず、なんだな……俺には良くわからないが、やはりシタラさまの件に関しては藤川になんの非もないようだな」


「ええ。私たちもどうしたものかと悩んでおりましたが、この石に遺されたシタラさまの記憶のおかげで、なにをすべきか決まりました」


 サツキとイナミも互いになにかを確認し合いながら、鴇汰から石を受け取り、キッパリと言いきった。


「それは神殿からも俺たちに力を貸して頂ける、ということですか?」


「実は今、神殿の内部でもいくつかの問題が根を広げています」


 数日前に突然、神官たちと上層部の間で今後のことについて話し合いがなされ、その結果、城と神殿、泉のみに侵入を防ぐための結界を張るよう通達がされた。

 万が一にも島が攻め込まれた場合、三カ所さえ無事ならば、いつでも泉翔の再興が可能だから、そう言われたそうだ。


 そのためには島全体にかけられている結界のほかに、泉の森周辺に張られている結界を解かなければならず、多くの巫女が、一般のものたちの避難場所になっている森の結界を解くことには反対をしたと言う。

 けれどそれは聞き入れられず、結局、押し切られる形で張り直された。


「だからか……だからレイファーの式神が通ったんだ……」


「それに泉の森が外されてるなんて……これから避難が始まるって言うのに、一般の人たちはどうするんスか?」


「私たちはこれから、この偽物の黒玉を持って神殿に戻り、同じように不信感を抱いている巫女に呼びかけ、急ぎ密かに結界を張り直しましょう」


「早ければこのあとすぐに、遅くとも明日の日中には、これまで同様に島全体に行います」


 二人はそう言うけれど、偽物の石のことを明らかにしたうえで、神殿全体で手を尽くしたほうが賢明なんじゃないかと思った。


「敵襲までもう日数もありません、なるべく多くの方々に……」


「修治の言いたいことはわかります。けれど通常このような考え方をするものが、神殿はもちろんのこと、上層部の中にいらっしゃると思いますか?」


「本来は島全体を、泉翔のすべてのものたちを守るべきはずが、一部のみをなどと偏ったものの考え方……このようなやりかたが簡単に認められてしまうのは……」


「――まだほかに、操られているものがいるということですか?」


 イナミは袂の小袋を取り出すと、その中に石をしまった。


「そう考えて間違いはないでしょう。それに……心当たりもあります。だた確信が持てません。ですから邪魔の入らぬよう、密かに進めなければならないのですよ」


「だったら痣だ。その心当たりのある相手の体に、痣が出ていないか確認すればいい」


「痣……ですか? それはどういうことでしょう?」


 イナミに問われて鴇汰がこちらを見た。

 月島での件は高田にさえ話しをしていないのに、今ここで話してしまっていいのか……。


「おまえたち、なにかを隠しているな? 時間がないということはおまえたちが一番良くわかっているだろう? 迷っているくらいなら話せ」


 加賀野は嫌とはいわせない雰囲気を醸し出してそう言った。

 どのみち西区に戻れば全員にこのことを話さなければならない。

 痣の件は誰もが疑問に思うだろう。


 仕方なしに月島でレイファーたちに会い、聞いてきたことを話した。

 サツキとイナミは立ち上がると侍女を促して東屋を出た。


「委細、承知しました。では、私たちはすぐに戻り、手分けをして先の件を進めながら、痣のほうも確認を急ぎましょう」


「よろしくお願いします。事によっては邪魔が入るかもしれません。軍部のものを近くに幾人か控えさせますので、なにかあればそちらへ連絡を」


 加賀野は三人を送り出し、その姿が声の届かない辺りまで離れたところでこちらを振り返ると、手招きをした。


「さて、もうほかに隠していることはないだろうな?」


「……ありません」


「そうか。それならば……」


 そう言った加賀野の組んだ腕が解かれたと思った瞬間、頭に強い衝撃を受け、突然のことに目眩がした。


「すぐに戻るとしよう。森を出たらそれぞれの浜まで送るが、もっと周囲を信用しろ。二度と隠しごとなどするんじゃないぞ」


 速足で歩き出した加賀野を急いで追った。

 見れば鴇汰も岱胡も頭をさすっている。

 まさか二十六にもなって拳骨を喰らうとは、修治は思ってもみなかった。

 長く感じることのなかった痛みがジワリと頭の奥まで沁みた。

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