第180話 記憶 ~修治 1~

「シタラさまの記憶、ですか?」


 鴇汰はサツキの言葉になにを思ったのか、うつむいて考え込んだ。

 疑問を感じたんだろうとは思う。

 修治はもちろん、ほかのみんなも黒玉に触れている。


 けれどなにも感じなかったし、誰もなにも言っていなかった。

 梁瀬でさえなにかを感じ取っている様子はなかった。

 それがわかるというのは、二人が巫女だからだろうか。

 シタラが体調不良を訴え始めたのは、やっぱり西浜のロマジェリカ戦以降のことだった。


 戦争の翌日、大勢の亡骸が安置されていた神殿の大広間で遺体の判別を手伝っていたシタラは、ロマジェリカ兵の骸を介して術を施されたらしい。

 それを聞いて、ロマジェリカが撤退したあとに、麻乃が浜に倒れていたことを思い出した。


(あのとき、麻乃の横には黒焦げの遺体が転がっていた……)


 ロマジェリカの軍師、マドルが妙な術を使うというのはサムから聞いている。

 シタラがそれに嵌められたのだとすれば、あの日の麻乃も同じ術をかけられたのかもしれない。


 ただ、麻乃は術にかかり難いし、二人が施された日にズレがあるのも気になる。

 そんな考えを見透かしたように、サツキの瞳が修治に向けられた。


「麻乃は術に耐性があると聞いています。そのせいでかかりきらず、シタラさまはより強固に結ぶために利用されたのです」


「そんな……じゃあ、シタラさまが亡くなったのは麻乃さんのせいだっていうんスか?」


「長谷川、馬鹿なことをいうものじゃない。これは藤川にはなんの咎もありはしないぞ」


「岱胡、加賀野さまの仰るとおりですよ、特にシタラさまでなければならなかったのではありません。その場にいたものならば誰でも良かったのです」


「それは私だったかもしれないし、サツキさまだったかもしれません。その場にいてしまったこと、それが原因なのです」


 サツキとイナミの柔らかな口調が岱胡の不安な感情を鎮めたのか、岱胡が大きく溜息をついた。

 市原が巫女たちは一様に暖かな雰囲気をまとっていると言っていたが、確かにそのとおりだ。


「合同葬儀の日、唱和でシタラさまが鳴らした鈴のリズムがいつもと違っていました。単に送る魂が多いゆえのことだと思っておりましたが、それが麻乃に対して更に干渉を強めたのです」


 あの葬儀の最中に、そんなことが行われていようとは、夢にも思わなかった。

 それでも、そのころから少しずつ麻乃の様子が変わっていったのを考えれば、納得がいく。

 演習で負った怪我が突然治ったのも、そのせいなのかもしれない。


 シタラのほうも体調の変化や、時折、空白の時間があることに気付き、自身の中になにかが起きたと悟ったらしい。

 あるとき、大きな干渉を感じて強く抵抗したところ、相手の力が強すぎて力負けし、命を落とすことになってしまった。


 と、サツキは涙目になりながらも、気丈にシタラの最期を語った。

 シタラが自室にこもったのも、豊穣の出発後に白骨で発見されたのも、そんなに早い時期に亡くなってしまったからだ。


「それでも、シタラさまは留まれるかぎりこの世に意識を遺し、麻乃に注意を促したようです」


「ですが、術に邪魔をされてうまくいかなかったうえに、麻乃に妙な恐怖心を植え付けてしまったと、ひどく悔いていらっしゃいます」


 あっ、と声を上げた岱胡が、鴇汰の腕をたたいた。


「そう言えば麻乃さん、シタラさまの夢を良く見るって言ってたじゃないッスか!」


「そうだ! あいつ、それでうなされてソファから転げ落ちてた!」


「ちょうど黒玉をもらった日のことか?」


「そうッス、あの日の明け方近くのことでした」


 加賀野がたまりかねたように割り込んできた。

  

「おまえたち、それは一体なんの話しだ?」


 岱胡が加賀野を含め、サツキとイナミにも説明をしている間に、修治は鴇汰に問いかけた。


「確か左腕が云々、って夢の話しだったな?」


「ああ。婆さまが左腕を狙って追ってくるんだって、そう言ってた。いつもは逃げるけど今日は腕を落とされた、って言ってさ、あいつ……ひどく怯えてやがったんだよ」


「おまえ、あのサムってやつが言っていたことを覚えているか?」


「痣の話しか? それは覚えてるけど、あのときは麻乃のやつ、長袖を着ていたから誰も腕の痣は見てねーよ」


「そうか……」


 岱胡たちに目を向け、話しこんでいるのを確認してから、鴇汰は一歩近づいて声をひそめた。


「そのときにさ、梁瀬さんが麻乃に暗示をかけようとしたんだよ」


「梁瀬が?」


「けど……かからなかった。それにいつかの会議が終わってから、あのオッサン金縛りかけたろ? あのときも麻乃のやつ、動いたよな?」

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