第170話 評定 ~修治 2~

「今回、新たに印の出た一般のものは、それぞれの力量と経験、現在の状況を踏まえたうえで、各区において三つの組にわけました」


「一組は、印の出なかったものを避難場所まで誘導したあと、そのまま泉の森、あるいは東区の警護をさせます」


「残り二組は、各区の居住地や繁華街への侵入阻止を、あくまで敵兵が隊列から離れた場合にのみの対応として指示してあります」


「本来であれば、軍部だけでまかないたいところだが、どうも今回に限ってはそうもいかないようだな?」


 加賀野が最後に付け足して修治に問いかけてきた。

 チラリと高田を見ると、小さくうなずいて目を閉じた。

 それを返事と受け取り加賀野に答えることにした。


「はい。実は大陸の同盟三国が、四日のうちに泉翔へ侵攻してくるという情報を得ました。出所は明かせませんが、信用はできます。最短で恐らく六日、最長で八日のうちに攻め入ってくるでしょう」


 道場中がざわめき立った。

 準備は着々と整っているとは言え、一週間を切っているとなると、やはり時間が足りない。


 しかも上層とはまだ平行線のままだ。

 各区の防衛は元より、城の防衛にまで手を回すとなると、下手に上層にごねられたときには邪魔になるうえに時間がかかる。

 そうなれば、王族の存続にも関わってくるだろう。


「それと……今回は向こうも総力を挙げてきます。ほぼ全軍を伴ってくるだろうとのことです。そうなると、これまでのような海岸での防衛も難しいでしょう」


「ほぼ全軍? おまえ、それをどこで聞いてきたんだ?」


 加賀野が驚きを隠せずに声を上げた。

 これだけの人数のいる中で、修治が聞いてきたことを正直に話して、皆がそれを信じるだろうか。


 敵国から聞いてきたともなれば、信用はもとより信頼までも失いかねない。

 どう答えたものか迷い、高田に目を向けても、相変わらず目を閉じたままだ。


「情報の出所は、俺の叔父です。俺の叔父は今、大陸で暮らしています。今回、豊穣で渡った折にその情報を聞いてきました」


 後ろから鴇汰が加賀野に答えた。

 この場にいる全員の視線を浴び、顔色が悪く見える。


「向こうで麻……藤川とはぐれて怪我を負った自分のために、情報を集めてくれました」


「そうは言っても、こちらからすれば大陸の人間が集めた情報だ。信用できるのかは疑問だな」


 元蓮華の一人がそう言うと、ほかの元蓮華たちもそれに賛同するようにうなずいている。


「この国には、ロマジェリカから逃げてきた混血のものが多々います。長田もその一人です。彼の叔父については信用に値します。それは私が保証しましょう」


 道場の端のほうで、東区の道場の師範がそう言った。

 師範の顔を見て鴇汰が、先生、と呟いたところを見ると、鴇汰の通った道場の主なのだろう。

 加賀野は腕を組んで唸り、考え込んでしまった。

 ほかの皆も、どう判断するべきか迷っているようだ。


「今は一刻を争います、仮に情報に誤りがあっても、ほぼ全軍が来ると思って準備をしていればたやすく防衛ができる。ですが逆の場合は確実に落とされます」


「それは確かにそうだろうが……」


 鴇汰の言葉に揺れながらも、元蓮華たちはためらっているようだ。


「でしたら今は長田を信じて準備をしていただきたい。後手に回るのだけは避けたいと思っています」


 鴇汰のあとを継いで、修治からも加賀野と元蓮華たちに言うと、また、ざわめきが立った。

 尾形が手にした資料で机をたたき、その音で全員が静まり返った。


「今、重要なことはなんだ? 大陸の様子がおかしい、上層は当てにならない、豊穣に出たものたちの半数以上が戻ってこない、そうなればするべきことは自ずと見えてくるだろう?」


「真偽のほどが云々よりも、まずは十分に警戒をするべきだろう。私は大陸の三国がほぼ全軍を率いてくるという情報があるのなら、それを信じて準備を進めたいと思う」


 尾形のあとを取り、ようやく高田が口を開いた。


「各区では今のまま準備を進め、一般の方々にも危険の少ない方法で手を貸して頂けるよう、指示をお願いします」


 加賀野は渋々ながらも同意した。

 皆も、どうにか納得してくれたようだ。

 会話が途切れたのを待っていたかのように、市原が高田の後ろに回って耳打ちをした。

 ようやく目を開いた高田の低い声が、道場中に響いた。


「南区へ庸儀に出ていた船が戻った。これもまた、前回まで同様、船員のみが帰還して来たそうだ」


 道場にいる全員を見回す。巧と穂高の隊員たちは、今の話しを聞いてうなだれてしまった。

 徳丸や梁瀬の隊員も、自分の隊の隊長が戻らないことで不安な表情を隠せずにいる。

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