第171話 評定 ~修治 3~
「未だ戻ってこない蓮華のものたちを心配する気持ちはわかる。だが……戻らないといってやつらがどうにかなったとは思い難い」
「大陸でなにかあったというのは手もとの資料でわかるだろう。そのせいで足止めを喰らっている可能性もある……戻ってこないとは限らない」
尾形の言葉に、不安そうな隊員たちが顔を上げた。
その一人一人に視線を向け、高田が静かに語りかけた。
「それは、今ここに長田がいることでわかるだろう? 足止めされているのなら、やつらは必ず手を尽くして戻る方法を考えているはずだ。ただ、時間がどれだけかかるかわからない。やつらが無事に戻ってきたところで、この国が落ちていたら話しにならないだろう」
今は誰もが成すべきことを進める、そのことのみを考え力を尽くさなければならない、尾形はそう締め括ると、こちらに手を振り、続きを始めるように促してきた。
「軍部のほうは、予備隊、訓練生を三部隊にわけ、各浜に振り分けました。俺が西、長田が北、長谷川が南に当たります。二番と三番の笠原、長谷川の隊には援護としてこれも三部隊にわかれて各浜に、長田と上田の部隊を北、野本と中村の部隊を南、俺と藤川の部隊を西に配備します。各隊とも、そのつもりで速やかに準備、移動をするように」
代表としてここに来ている隊員たちを見て、指示を出した。
「修治さん、あの……でも俺、トクさんと巧さんの部隊を動かすのは無理ッスよ……」
後ろから小声で訴えてきたのが聞こえたのか、尾形が厳しい目で岱胡を睨んだ。
「まったくおまえは……ひょっとするとそういうのではないかと思って、おまえの率いるところへは元蓮華たちの他に、北区、南区の道場師範に詰めてもらうことにしてある」
「さすが先生。俺のこと、良くわかってくれてますね~、そうしてもらえるとホントに助かります!」
屈託のない岱胡の物言いに、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
緊張感に包まれた道場の空気が和らいだ気がして、思わず苦笑してしまう。
尾形の目が更に鋭く岱胡を睨み、岱胡は首をすくめて目を反らすと背中を丸めて小さくなった。
「問題はそれだけの軍勢が来たときに、どこまで防衛が可能で、どれだけの兵を進軍させてしまうか、だな」
「事によっては中央まで通してしまうかもしれない……そうなると城のほうはどうするのか……」
「近衛兵は上層で管理されている。こちらから指示をして聞き入れられるかどうかも疑問だぞ」
北区に詰めていた元蓮華が数人、疑問を掲げると、加賀野がそれに答える。
「それについては俺が中央で手を打った。皇子の計らいもあっていざというときには、速やかに城から泉の森へ避難のできるように進めてある」
加賀野は一瞬、困ったような表情を浮かべ、咳払いをしてから、こちらを見た。
「安部と長谷川はもう知っているだろうが皇子と皇女にも三日月が出た。二人とも今回の戦争において協力は惜しまないと言っているが……確かに今は手が足りるかどうかもわからない。だからと言って、まさか戦場に出すわけにもいかないだろう?」
「もちろんです、それについては俺のほうからも皇子に断りを入れています。ですが、なにしろこの状況です。万が一の事態には、あるいはお二方にも手を借りることに……」
「――そんなの駄目だ!」
言い終わらないうちに鴇汰の言葉がさえぎり、全員が驚き静まり返った。
「俺たちは自分たちだけでまかない切れず、印が出たからって一般の人からも手を借りるってのに、このうえまだその手を広げるのか? 守るべきものを戦場に立たせちまうことを恥だと思わなきゃいけない。例え、敵がどれだけ強力だろうが、本来なら戦士である俺たちだけでどうにかしなきゃいけない。万が一なんて考えちゃ駄目だ。死に物狂いで這いつくばってでも、不可能であっても、戦士以外のものには指一本触れさせない。その覚悟を持って戦わなきゃ、俺たちは勝てない。違うか?」
正直、鴇汰は麻乃のことで頭が一杯だろうと、修治は思っていた。
鬼灯の熱に浮かされて、ただ一人のためだけに動くんじゃないだろうか。
そんな調子で浜を任せて大丈夫なんだろうか。
そんな思いが頭のどこかにあった。
それが、修治の思っている以上に深く泉翔のことを考えている。
それに比べて自分はどうだ?
「ああ。そうだな。おまえのいうとおりだ」
まだ見ぬ敵の軍勢に不安を感じ、手を尽くさないまま、万が一には、などと言って逃げ道を作っていた。
確かに鴇汰がいうように、そんなことを考えるのは恥だ。
誰にも守りたいものがいる。
軍部に属する全員が覚悟を持って戦わなければならない。
鴇汰の言葉にぐんと士気が上がるのを感じた。
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