第169話 評定 ~修治 1~
多香子と房枝を連れて裏口から出たとき、敷地に次々と車が入ってきた。
最後に入ってきた車に鴇汰と岱胡の姿を見て、多香子に鴇汰だけが戻ったことを話しておいて良かったと思った。
もちろん本当のことは濁して、二人が襲撃をされてはぐれたことにしてある。
隠しておいて悪戯に不安を持たせるよりはずっといいだろうと考え、修治に起きたこともすべて話した。
高田の娘だけあって、そのあたりの事情には柔軟な考え方を持っている。
修治たち以外はまだ誰も戻っていないことや、道場に入れ代わり立ち代わりで出入りがあることでも、なにかを感じ取っているようだ。
「どうした。やけに早かったな」
車に近寄り、降りてきた二人に声をかけた。
鴇汰は多香子と房枝に向かって深く会釈をしてから、水筒とメモを数枚、渡してきた。
「余計なお世話かもしれないけど、具合が悪いときでも食えそうなもんのレシピ。良ければ使ってもらってくれよ」
「悪いな。食欲が出ないらしいから助かる……それと、サツキさまの件、今夜のうちになんとかなりそうだ」
「さすが、早いな。こっちこそ助かる」
「もうずいぶんと集まっている。俺も二人を送ったらすぐに戻るから、中で待っていてくれ」
鴇汰の緊張が伝わってきて、言葉をかける代わりに肩をたたいて別れた。
車に乗り、助手席に座った多香子に、今もらった水筒とメモを渡した。
「鴇汰の奴がおまえに、ってさ。」
「あら……なにかしら?」
手に取ったメモを見て多香子はクスリと笑った。
しげしげとそれを見つめ、今度はしきりに感心している。
「へぇ……これをこんなふうに使うのね」
一人ブツブツと呟いてはうなずき、今度はそれを房枝に渡した。
「お義母さん見て。これ凄いのよ」
「これはまぁ……出来上がったものは今の多香ちゃんにピッタリだけど、素材は……麻乃の好きなものばかりじゃないか」
笑いながらも、房枝まで感心しながら見入っている。
「シュウちゃん、こんなことを聞いていいのかわからないけれど、長田くんのご家族はどこの区にいらっしゃるの?」
「あいつは家族を大陸で亡くしてるんじゃなかったかな。親戚が一人、いるって話しだが、その人も今は大陸で暮らしているらしいぞ」
「親戚……そう……」
「それがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもないの」
多香子にしては珍しく思い出し笑いをしている。
一体、なにを思い出したのか、少しだけ気になった。
「麻乃ちゃん、早く無事に戻ってくるといいんだけど」
「大丈夫だと言っただろう。心配は無用だ」
「それから、長田くんにお礼と……あまり思い詰めないように言ってあげてちょうだいね」
「わかってる」
自宅の前に着き、二人を下ろした。
「明日の朝は人手があるから食事の準備も必要ない。ゆっくり休めよ」
「ありがとう」
今日ばかりはどうにも離れ難い気持ちになったけれど、そうも言ってはいられず、そのまま道場に戻ってきた。
ほんの数十分の間に、道場の敷地に入り切らないほど車が停まっていた。
「凄い数だな……」
中に入ると、かなりの人数が集まっていて壮観だ。
どうやら全員が揃ったらしい。
鴇汰と岱胡は高田のすぐ後ろにいた。
隙間をぬって移動し、鴇汰の隣に腰を下ろした。
ぐるりと見回すと、各部隊から数人ずつ、元蓮華のものたち、各区の道場主や師範までがいる。
麻乃の部隊に至っては全員だ。
密度の高さに息が詰まりそうな思いがした。
それに……。
やけに鴇汰に視線が集中している。
やっぱり一人だけ戻ったことが原因だろうか。
そっと鴇汰に視線を向けると、意外にもしっかりと顔を上げていた。
それでも緊張は解けないようで、全身からそれが伝わってくるかのように感じる。
全員に行き渡るよう、杉山と大石が資料を配り終えるのを待ってから、高田が始めよう、と言った。
まずは各区の防衛準備の状況から聞いた。
どの区でも、十分な物資は確保できていると言う。
上層からの横槍が入ったときには、すべて確保したうえで、近隣の住民や道場に保管を頼むことができたそうだ。
通常であればなかなか受け入れてもらえなかっただろう。
それが通ったのは、一般のものの多くに三日月の印が現れたことも影響しているようだ。
誰もがなにか起きそうだと不安を感じているのに、なんの手も打とうとしない上層に、不信感を募らせているらしい。
新たに印の出たものをまとめることも、そのおかげでスムーズに進み、印の出なかった村人がどの区からどこへ避難するかも決まっていた。
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