第126話 回復 ~鴇汰 9~

 二時間ほど待って、やっと小雨になった。


「大陸を出たばかりだというのに、とんだ寄り道をしてしまったな」


「いや……でも俺、手足の感覚がヤバかったから、いい休憩になったかも」


「なんだ、あれっぽっちの時間で、もう音をあげるのか?」


「だって、空なんか飛んだの初めてだぜ? あんなに風圧があるのも、寒いってのも知らなかった」


 砂避けに着込んだマントがなければ、きっと凍えていただろう。

 そういえばそうか、とつぶやいたクロムは支度をしながら考え込み、不意に鴇汰を見た。


「よし、ここからはもっとスピードを出そう。その代わり、途中で二度ほど休憩を取る。どうやらそのほうが効率も、キミの体にも良さそうだ」


「ここまできたら叔父貴に全部任せるよ、できるだけ早く着けば、それでいい」


 荷物を全部まとめて背負い、革紐に括りつけてフクロウにまたがる。

 金具を固定したのと同時に飛び立ち、今度は始めからスピードがあがった。

 夜明け前の上空は想像以上に冷えて、指先が痺れて痛む。


 夜が明けて陽が昇り、日中にやっと少しだけ暖かさを感じたときには体中が強ばり、指先の感覚もなくなっていた。

 特になにも言わずとも、それを見越したように限界寸前でクロムは休憩を挟んでくれる。


 二度目の休憩は少し長めに取り、二時間ほど仮眠もとった。

 急ぐ思いを忘れるほどに体は疲労していたようで、ほんの二時間でも深く眠ってずいぶんと体が軽い。


「あと一息だ、ここからは少しスピードを落としていくけれど、気を抜いて最後の最後で落ちないようにしてくれよ」


「わかってるよ」


 ゴーグルとマントを身につけて答える。

 少しは体が慣れたからか、それともスピードを落としたせいか、周囲に目を向ける余裕ができた。


 二度目の夕暮れは、大陸を出るときに見たのと違って、澄んだ空気で濃く変わる青が鮮やかだ。

 眼下にはまだ海が広がるだけだったのが、次第に小島がポツリポツリと見えはじめ、泉翔に近づいたことがわかる。


 抑えようとしても気持が落ち着かず、鼓動が速くなっていく。

 それに合わせるように鬼灯も反応している。

 鴇汰は空いた手でグッと柄を握り締めた。


 どのくらいの時間が経ったのかはわからないけれど、フクロウが高度をさげてさらにスピードを緩めたお陰で、前方の水平線に黒い大きな塊が三つ現れたのが目に入った。


 暗闇の中でもそれが島だとわかる。

 手前の月島が近づいてきたとき、遠く水面に灯りがチラついているのが見えた。

 クロムの背中をたたいて叫ぶ。


「叔父貴! もう少し低く飛んでくれねーか?」


 クロムがうなずいたのと同時に、フクロウがまた高度をさげた。

 月島の脇を通り越し、ジッと目を凝らして近づいてくる灯りを見つめた。

 灯りはどうやらボートのようで、枇杷島を過ぎた辺りでフッと消えて真っ暗になった。


 ちょうどボートの上を通る。

 中に二つの人影が見えた。

 もうじき枇杷島で、そこへ着けば泉翔まではあっという間だ。

 けれど、どうしてもボートのことが気になり、鴇汰はもう一度、クロムの背中をたたいた。


「なぁ! 今のボート! あれが気になるんだ。戻って近づいてくれよ!」


「泉翔はもうすぐそこだぞ?」


「わかってるよ! ちょっとのあいだでいいんだ、こんな時間になにをしてるのか見ておきたいんだ! 頼むよ!」


 わざとらしく大きく肩を上下させてみせたクロムは、それでも枇杷島の手前で向きを変えて、ボートを追ってくれた。

 高度もさげてくれたお陰で、中に乗っている人影を確認できた。


(修治と岱胡じゃねーか! あいつらこんなところでなにをやってんだよ?)


 月島をかすめてフクロウが旋回したとき、砂浜に小さめの船と、そこにも二つの人影を見た。


(誰だ――?)


 修治たちは月島に上陸すると、その人影に近づいた。

 なにかを話しているのが見て取れる。

 不意に二人がフードを取った。


(――レイファー!)


 フクロウが大きく月島を周り、もう一度、砂浜に戻ってきたときに、岱胡が抑えつけられているのを見てカッと頭に血がのぼった。

 鬼灯も強く反応して腰もとが熱い。

 金具を外してクロムに向かって叫ぶ。


「叔父貴! 俺はここまででいい! 先に泉翔へ向かってくれ!」


「なんだって? どうするっていうんだ!」


 クロムの叫び声に答えずに、四人の頭上を通った瞬間に合わせて、フクロウから飛びおりた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る