第125話 回復 ~鴇汰 8~
砂埃で空はくすんでいた。
それでも、オレンジの空が段々と濃紺に変わっていくのがわかる。
大陸に渡ってきた日に、麻乃と二人で見た夕暮れの景色を思い出した。
濃紺の上着が景色に溶けてしまいそうな気がして、妙に不安を掻き立てられたんだ。
(こんなことに……本当に離れちまうなんて思ってもみなかった……)
スピードを増すごとに顔や体に砂粒が当たって痛む。
それを避けるためにゴーグルを着け、フードをしっかり頭から被った。
眼下にはジャセンベルの領土が広がっている。
途中、ジャセンベルの軍勢が鴇汰の進む方角とは逆に移動しているのも見えた。
(あんなに多くの兵が……向こうはロマジェリカか……あの中にレイファーの野郎がいるのかもしれない……)
見覚えのある森を通り過ぎ、ジャセンベル城をかすめて飛んだ。
ついさっき、軍勢がロマジェリカへ向かったのとは別に、城周辺から今度は庸儀方面へと、また、かなりの兵数が移動を始めたのも見えた。
(また出兵か……? 叔父貴のヤツ、大陸は変わるなんて言ってたけど、やっぱりやつらはこんなもんなんじゃねーか)
後ろを振り返って遠ざかる軍勢を見つめた。
陽が沈み、辺りが急速に暗くなったのと同時に、グンとスピードがあがり、眼下は真黒な水面へと変わった。
風圧で体にかかる力が強く、前屈みになって手綱を力強く握り締める。
真っ暗な中で自分が上を向いているのか、下を向いているのかもわからない。
飛ばされないように必死で、どのくらい時間が経ったのか手足に少し感覚がなくなり始めたころ、フクロウは段々とスピードを落として小島へ降り立った。
「どうしたんだよ?」
金具を外して地面に立った。
足の感覚も薄く、心なしか耳も聞こえが悪い気がして、鴇汰は大声を出した。
「雨が来る。あのスピードで雨は危険だから少しここで休んでいこう。雲の流れも速い、そう長くは降らないだろう」
目の前に切り立った崖に沿って歩くと、五分もしないうちに大きな窪みを見つけた。
崖の上には森が広がっているのか、木々がひさしの役割をしているようだ。
ポツポツと乾いた土に雨粒が落ち始めても、窪みの中までは入り込んでこなかった。
せっかく空いた時間だからと、クロムはかばんから食べ物を出してきた。
「なにもしないでボサッとしてる時間は惜しいからね、今のうちに向こうでできなかった話しをしておこう」
「話し?」
受け取ったおにぎりを頬張り、鴇汰はクロムを見た。
「そう、泉翔に着く前に、まずは枇杷島におりる。そこに私がいつも使っている小舟があるから、泉翔へはそれで移動するけれど……」
「枇杷島? なんでそんな面倒なことをすんの? そのまま泉翔に行けばいいんじゃねーの?」
クロムはまた呆れた顔をした。
その顔を見て、また馬鹿だなんだと言われるのかと思い、鴇汰はつい身構える。
「キミは本当に……自分の国のことを、まったく知らないとは恐れ入ったよ」
そう言って簡単に説明をしてくれた。
どうやら泉翔は、その島を囲むように巫女の結界が張ってあり、生き物を阻むことはできないまでも、式神は弾かれてしまうそうだ。
ただし中にさえ入ってしまえば、通常通りに式神を使えるという。
「私がマルガリータをキミのところへやるときも、実は私自身が用あって泉翔へ行ったときだけだったんだよ」
「来てたのかよ? なのに式神って、そんなまどろっこしいこと……」
「人に会うためだったたんだよ。あちこちへ移動する時間がいつもなかったんだ。仕方ないだろう?」
――人に会う、用がある、準備をしている。
はっきりしない物言いに、いつもごまかされている気がした。
だいたい、なんの準備で、それがどれほど大切なことなのかはわからない。
けれど、まだ七歳に満たなかった鴇汰を置いてまで、大陸に戻らなければいけなかった理由はなんだというのか。
雨が強くなり、岩壁や木々、土に跳ね返る音が響いている。
「叔父貴……あんたホントに一体、なにをやってるんだよ?」
降りしきる雨をジッと見つめたままのクロムの横顔に向かって問いかけた。
チラリと視線を鴇汰に向けただけでそれには答えない。
「まず、枇杷島から北の浜へ上陸をする。キミはそこから仲間のところへ直接行くといい」
「叔父貴はどうすんだよ?」
「私はそこから用を済ませるために中央へ向かうよ。そのあとどこかへ移動するときには、必ずキミに連絡を入れよう」
それ以上はなにも聞けなかった。
苛立ちを抑えるために、せめて腹を満たそうと残ったおにぎりとおかずを残さず平らげた。
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